NIGHT SCRAPS

今 https://note.com/star_gazer_

可愛いね

 ごめんなさい。周りから浮いている人を見ると嬉しくなる。ちょっとした宝石を発見したような気持ちになってしまう。普通の定義はいろいろあるにしても、普通じゃないオーラはあちこちで香っていて、その色がするたびに心が躍る。本人が気づいていても気づいていなくてもどちらでも構わない。桃の果実の中にある大きな種のような、誇らしい歪さを保ちつづけてほしいと勝手に思う。

 小学生の頃に、ハートマークが好きな男の子がいた。今になってみると別段なにも思わないけれど、幼い僕は強い違和感に襲われた。「変わっている」という乱暴な言葉に頼った。どうして彼はハートが好きだったのか、理由は謎のままだ。本人に何か言ったわけじゃないけど、そのことを思い出すと申し訳ない気分になる。周りと違うからというだけで誰かをちょっと排外する罪な心。今もどこかに棲みついているのだろうか。透明な闇の中で考えている途中だ。

 どういう風に生きるべきだとか、他人に押し付けるほど長く生きていないけれど、できるだけいろんな違いを受け容れていたい。いい匂いがする手紙につらつらと書き連ね、便箋に入れてハートマークのシールを張り付けよう。例えて言うなら、緑の海原に浮かぶ彼岸花の艶やかな赤色。可愛い人の腕に見つけた小さな肌荒れ。日の光にさらすようなことはしない。カーテンを閉め切った部屋の中、ひそひそ声で褒めそやす。もしもそれが全部うそになってしまったとしても、笑って水に流そう。そのとき僕が可愛いと思ったことに変わりはないのだから。

 今までの言葉は自分を肯定するための口実かも知れない。こんなこと言っておいて、他人のすべてを受け容れることができるのか分からない。ただ今は、普通のオーラのする方へ誘われていたい。周りから見れば尖っているような部分でも、辿っていけば柔らかい砂地に行き着いたりするのだ。自分と違う人と話してみると「合わないなあ」と思うこともあるけれど、その一方で退屈しない。英語の歌を口ずさむように、南国のフルーツを齧るように、いろんな人を可愛く思えたら...。

ルナ

 夜を雇う。お金がないから、いつも退屈な夜がやって来る。だんだん感覚が麻痺し始めて、そんなことにも慣れてくる。そして僕自身が退屈になっていく。だけどときどき幸運が訪れて、特別な夜を連れて来ることができる。どれだけ普通の服を着ていても、はっきり分かる。手触りも息遣いも違う。足音を聞いただけで、ふっとその方に振り返ってしまう。

 たぶんそれは、普通の人にとってはありふれた夜だと思う。今夜もどこかで量産されているような感じだ。お酒を飲んで、淡くなった理性でふざけたことを話す。恥ずかしくなって笑って、またグラスに口をつける。顔を赤くする。それでも僕からすれば禁断の実で、今もその味が生き永らえている。大きさも色も違う惑星が太陽の周りを公転するように、ばらばらな三人で話を弾ませた。囲むテーブルの上で、見えない熱が踊っていた。居酒屋を出てとぼとぼと歩き始めたときも、その炎が優しくついて来た。

 孤独も好きだ。たった一人でいろんなことを考えて、苦しくなったら夜に逃げ込んですべて諦めてしまえばいい。いくつも手放した未来を知ってブルーになったとしても、大丈夫。お酒で鈍らせて、布団で溶かしてしまおう。でも、夜でさえ消化しきれずにすべて戻してしまうときがあって、中性脂肪のような苦しみを朝まで抱え込む。月しか知らない無様な格闘のあとで、お日様にも知られずに眠りにつく。それでも孤独が好きだ。小雨の日々を愛している。

 どういういきさつであの夜に至ったのか、説明するにはややこしすぎる。言えるのは、あんまり知らない人同士で楽しくお酒を飲んだということだ。喋るたびに僕の分身が口からこぼれ落ちて、いろんな鍵が外れていった。魔術的なチカラがきっとそこにはあって、僕はまんまとかかってしまったのだ。そして僕は一昨日見た景色を思い出す。すし詰め状態の車内で、窓に張り付くタコのような僕が見た夜の町。いくつもの蛍の光。その光は人生を教えてくれる一方で、どこかで僕を突き放していた。だけど日々はよく分からない。きっかけがいつ訪れるのか、予測なんかできない。あの日の夜のまぶしさがどれだけ儚くても、また退屈な夜を雇うことになろうとも、別にいいのだ。月と僕はすべて覚えている。

パーマネント恋

 頸の匂い、鎖骨のあいだの窪地、心地いい枕。窓から漏れてきた昼の光で、頬が桃の薄皮みたいに見える。僕は猫の視線で、その一つ一つを点検する。少しばかり傷んだ髪の毛も、唇のすぐ近くにあるほくろも、早くなった心拍数も。町の音がぼんやりと聞こえる。寝相を変えて視線を移すと、洗濯物が風に揺れているのが見える。僕は、こういうのが永遠につづくのだとはっきりと分かる。ときどき小休止を挟みながら。

 目を覚ます。うるさい音を止めて、また布団に埋もれる。仕方がないからミイラのように起き上って、いろいろ面倒なことを済ませて余裕もなく出かける。すぐに泥まみれの午後がやってくる。鼠色の雲から、こぬか雨が降る。傘で顔を隠す。よれたシャツで帰宅する。そして普通に生活してみれば、もう寝る時間になっているのに気づく。今日を振り返ることも、人生を省みてブルーになることもなく、布団のなかで目を閉じる。こんな調子で、好きな季節は訪れるのだろうか。

 またあの二文字に頼りたい。あまりにもぼんやりとしていて、無様で、耳のあたりが熱くなる言葉。口にしたとたん、ゆるやかな坂道を上る二人に夕日が手を伸ばすような言葉。光が公園の雑草を撫でて、畳の隅々まで愛でる。台所で湯気をたてる晩御飯をほったらかしにして外へ出る。秋の匂いが鼻をくすぐる。薄暗い町に、街灯が一つぽうっと輝く。ぎこちなく、肩が触れる。

 どれだけ月日が経とうと、恋の感覚はまぶしい気がする。心に張りついた汚いシールが剥がれて、不思議なチカラがまた生まれる。ふとした瞬間に相手が発した言葉で、見限りかけていた世界に惚れる。突き放したくなるくらい側にいたいと思う。花に触れるように手を握る。小さな棘で血がにじむ。だけど、今はわからない。だんだんと純度が低くなっていて、変に見栄を張ろうとしている。街灯は明滅し、虫の音はさみしい。それでもアホな夢を見続ける。お弁当にあれこれ詰め込むように、あっという間に暮れる一日の中に恋の時間を差し込みたい。

骨の芯まで

 刺すほどの冷たさ。それがずうっと心から離れなかった。だけど僕を乗せたバスがトンネルを抜け、次々と車を追い越していくのに合わせて強引に引き剥がされてしまった。熱い。氷のようなそれがくっついていたところが、ひりひりと痛んでいる。そして今度はこの痛みがしつこく付き纏いはじめる。バスを降り、駅で鉄道に乗って移動し、そこから自分の家まで歩いたあともずっと。

 夕方になって家の近くを歩いてみた。君が知らない場所、小径、顔。ときどきやな臭いがどこかから流れてきて、鼻がつんとした。締めていたネクタイを緩むように、昼の空気がほどけて安堵と倦怠が辺りにあふれていた。ふわふわと浮ついた心地が不穏な夜へと繋がっている。君がいない久しぶりの夜。自分でなんでも用意して、自分のために消費して、自分ひとりで片付ける。まだ不慣れな生活。外から鈴虫の声がきこえて、そっと耳をすました。ベランダに出ると星の光をいくつか確認できた。

 どうせなら最後にケーキでも買っておけばよかった。安易に喜ばせる方法に頼っておけばよかった。でも相手が本当に望んでいるものを知って、その途方もない日々を思ってしまった。時間もかかるし労力も必要だ。はたして自分にどれくらいのことができるんだろう。寝返りをうって、ふと目を開いた。オレンジ色の照明がたそがれのように揺れていた。小川が頬を渡って海ににじむ。隠すように目をつむる。やっぱりケーキを買って三人で食べたらよかったかな。

 ずっと予感していた、刺すほどの冷たさ。側にいた日々が長くなるほど、そこから離れるのは難しくなる。実際に離れた今、燃えるような感覚を抱えている。この熱をどこへ連れて行こう。不細工な僕をどこへ泳がせよう。骨の芯まで孤独だし、一人でできることなんて高が知れている。いつか君に果物を届けよう。すぐに腐ってしまうかもしれないけど、ものすごく甘いものにしよう。この熱で種を温めながら、小川から掬った水をやろう。ときどき自分自身にケーキを贈りながら。

リンゴとアルコール

 二日酔いで目覚める。自分のことなど忘れて、馴れない体験にうつつを抜かしたせいだ。大して強いものを飲んだつもりはないけど。何かが吐き出されようと懸命に主張しながら、胸のあたりで引っかかってしまっている。それが余計に気持ち悪い。カーテンを開けると真っ当な光が差し込んできた。急いで閉める。昨夜から台所で眠っている食器を起こしに行く。

 本当は何もする気が起きません。カレンダーは春のままだし、案外それでもいいかと思っているし。このまま床でずっと眠っていても、しばらく誰に気づかれない自信がある。そしてこの部屋いっぱいに毒が満ちたって、そのときにはもう僕の責任は霧になっていて…、くだらない妄想を終わらせてスーパーまで歩いて向かう。

 リンゴを手に取りながら、ホルマリンに漬かった昔の記憶を掬い上げる。夏祭りの騒がしさから抜け出して、友人と神社の石階に腰を下ろした夜。ぬるい風が吹き、ときどき踊り子たちが姿を見せた。さざめきつつ動く町の風景を眺め、僕らは恋を語り合った。まだ青いリンゴのような、幻に近い恋の話。だけど何の恥ずかしげもなく、夜が更けるまで一つ一つ収穫していった。友人はそのあとで多分、艶やかな赤いリンゴの味を知った。柔らかな甘さと、噛むたびにあふれだす幸福を。

   そろそろ思い出を箱に戻さなきゃいけない。光り磨かれたそれを、闇の中に託す。そして、食材をカゴに入れる。また混沌に身をさらし、熱風へと立ち向かい、たまらずゲロを吐く。鎧を脱ぎ、槍を捨て、畳に座る。また馬鹿やろうと缶を開けて口をつける。身体が火照り、少しだけ愉快になる。布団に横になり、一人きりのスポーツをじっくり楽しんで、無気力のまま眠りに落ちる。こんな感じでそのまま朝が来ても、まあいいかなと笑う。リンゴの匂いがするすると窓の隙間からやって来ないか期待しているんだけど。

まとめ(11)

夜のはらいそ - NIGHT SCRAPS

「はらいそ」というのは、パラダイス、楽園といった意味です。だんだんと人々が寝静まる頃、ほろよいの方々が楽しくお喋りしている様子は、どこか楽園のように思えます。一方で、かんたんな格好で気兼ねなく過ごすのもまた好きです。

ここは水際 - NIGHT SCRAPS

季節の変わり目には、いろんな感情が湧き立ちます。まだ試験期間中だったけれど、町の空気や人々の服装の変化に、つい浮かされて書きました。激しい雨のあとに入れ替わるように蝉が鳴き始めたのは、かなり詩的で、風情のようなものを感じました。ただただ景色やこの町の人々について書くのも楽しいです。

虜 - NIGHT SCRAPS

スピッツに「プール」という曲があり、「君に会えた / 夏蜘蛛になった」と始まります。最近「蜘蛛の手足の数は8本だから、これは身体を交わらせている男女の描写だ」という考察を目にしました。なるほど。この文章における蜘蛛も、そういう意味合いで使っている気がします。一人の自分と、蜘蛛。だけど可愛らしい小さな生き物に、ちょっと友達に近い感情を抱いていたりするのです。

四畳半夜話 - NIGHT SCRAPS

とある人が、深夜にラブレターは書くなとおっしゃっていました。そういうものは朝に書け、と。これは別に恋文ではないけれど、読み返すと「何言っているんだお前」と言いたくなります。でも、これは今もなんですけど、いろんな悲しいニュースに心が砕けかけていたんだと思います。

刺青 / TATTOO - NIGHT SCRAPS

なんとなく、各段落の最初を「夏」で揃えてみました。書き始めたときは、夏の日差しで焦げた肌が刺青みたい、というようなことを書こうと思ったんだけど、よく分からんので変えました。この頃はすごく刺青に憧れていました。自分がしたいというのではなく、こっそり肌に刺れている人と仲良くなりたい、と。ちなみにこれを書いているときはZAZEN BOYSをたくさん聴いていたので、気分はThis is 向井秀徳です。

祭よ - NIGHT SCRAPS

とある事情でスーツを着て街へ出たのですが、夕方帰ろうと路面電車に乗ったら、満員。しかたなく立っていると、隣の人が浴衣ではっとしました。祭の季節。自分はスーツでくたくたなのに、彼らは恋人と手を繋いで人ごみの中へ消えていくのか。どうして人々はこうも祭に誘われるのだろうと、あれこれ考えて書きました。翌日自分も参加したけど、やっぱり人ごみは勘弁だと悟りました。

再上映 - NIGHT SCRAPS

最初は「深夜枠」という題でした。つまり、眠れない夜についつい見てしまう映像、ということです。この文章で自分がはっとしたのは、「このところ大気が不安定で」。何気なく書いた部分だけど、そのまま天気のことを言っているとも取れるし、もっと具体的なあれこれについて述べているようにも読める。そしてそんな状況で暗闇の冷たさにうっとりするというのも、僕だけじゃない、他の人もそうなんじゃないかと思ってしまいます。

KIDS - NIGHT SCRAPS

暮れかかる町を両親と歩きながら、この感じは文章にしておきたいと思っていました。ささやかな家庭の幸福とか、普段着の生活とか。なかなか説明は難しいけれど、きちんと「生活」を書くことの重要性に気づいたように思います。

沈黙は優しい - NIGHT SCRAPS

鈴虫の音を聞きながら書きました。内容は「四畳半夜話」とほとんど同じです。

やがて冬が - NIGHT SCRAPS

ポール・オースターの『冬の日誌』を読み、自分の「冬」について考えました。もちろん自分自身の行動で冬はよりよいものになるでしょうが、どうしようもない部分もあります。自助努力だけでは変えられない部分を、僕らでどう変えていくのか。幸せな人生は頭の中にあるのに、どうしてそれを実現できないのか。僕は日々の中で、新しい価値観をよく目にします。そうした新しさが、古い僕らを早く吐き出して欲しいと願います。複合的な難しい問題を、一つ一つ、国民の力で乗り越えられることを望みます。誰にも冬が来るのですから。

   頭の中でハリネズミが暴れている。あるいは、バラの棘がちくちくと絡みついている。とにかく頭が痛い。部屋の明かりが目に刺さる。些細な音が耳を突く。誰かに「湯船に浸かるといい」と言われたけど、効果が見られたことはたぶん一度もない。結局一番効くのはさっさと眠ることなのだ。何も見ず、何も聴かず、そして何も考えない。こうすればまっすぐな朝が出迎えてくれる。

   布団の中に天使をつれて、きつくないぐらいに抱擁したなら、すやすやと夢まで行けるだろうか。翳った部屋、カーテンのすき間から真白な月明かりが差し込んできて、僕を濡らすように。今日も夜中の三時に眠って朝の六時に目が覚めた。そして九時から正午まで二度寝した。一日が能天気に過ぎていく。ときどきふとしたことで道に迷う。卑下の言葉をつぶやく人たちが光の方へ歩いているのが見える。それが春に萌える緑のさざ波なのか、摩天楼が放つ幻なのかは分からないけど。

   部屋に明かりが灯る。夕餉の支度と食器が触れ合う音。お風呂が満ちていく。食器が片付けられ、洗われる音。お風呂に入るよう僕を急かす声。肩までゆっくり浸かる。頭に棲むハリネズミもおとなしい。ぼんやりと、いろんなことを考える。仕方がないと言われているようなことも考える。少しのぼせた身体、甘いものを食べ、ラジオに耳をすます。夜が更ける。あくびをし、そろそろと布団にもぐる。人が目を閉じて眠るのは、目覚めたときに再び光に恋するためだ。人々の営みにある光。人々のふれあいに宿る光。

   そういえば、昨日新しい服を買った。ごくごくありきたりな紺色のシャツだ。なかなか厚手の生地だから、もう少し涼しくなるまで待ってもらうしかない。僕は窓を開け、風に手を伸ばす。その風が、紅葉を揺らしてくれることを期待する。うん、目が眩むほどの強さではない。だけどこれもきっと、慎ましく僕の胸を弾ませる光の一つだ。