NIGHT SCRAPS

life, solitude, words

 黒い点が壁をするする伝っているのに気がついて、点がじっと落ち着いたところに近づいて軽く息を吹きかけてみる。僕の悪戯にその子は驚いて、焦った様子で壁をぴょんぴょん跳ねていく。その子のことはよく知らない。勝手にやって来て、いつの間にかどこかへ消えている。そしてまた時間が経てば、違う誰かが壁を伝う。

 前までクモは嫌いだった。もともと虫の類は苦手だし、あの得体のしれない感じが怖った。だけど一人暮らしを始めて、クモよりおっかない生物を見るようになって、クモに対する捉え方が変わってきた。こちらの方が図体が大きいから、という図々しさもあると思うけど、だんだんと可愛く感じられてきた。だからここ最近は、ふと壁に見つけたときは少しだけ心が弾む。可愛いお客を部屋に招いて、悪戯したりそのままほうっておいたり。あちらの方も、別にこっちに迷惑をかけたりしない。ただ生餌をさがしているだけだ。

 心がふっと落ち込んで、誰かを犠牲にして夜を消費したい(それでもそんな相手がいない)とき、可愛らしいその子が現れ、無言のまま壁に止まる。触肢をさわさわ動かして、じっと一休み。それがなんだか浮袋のような安心感があって、僕は頼りない蜘蛛の糸を摑んだまま夜をすり抜ける。どこかで糸を切られて、また地獄に戻ってしまうのだけど。

 思考も分からず、どこから来たのかも分からない。そもそも向こうは変温動物だ。今日だって、玄関の方で一匹、そして普通の部屋でもう一匹見つけた。前者は天井の隅で手足を伸ばし、こちらに攻撃しているみたいだった。後者は壁で静かに冷房の風を浴びていたけれど、気がつくと洗濯物の山にいた。ベランダには夏の空気、洗濯機が揺れるうるさい音。そうして午後はうららかに過ぎた。洗濯物のあの子はどこへ行っただろう。隅っこが好きな方はまだ根暗っぽく落ち着いている。またいつの日か、二人とも部屋を出て、うだるような熱気の中へ出て行くのだろう。僕は、誰でも歓迎するつもり。誰でもいいってわけじゃないけど。それからクモの足を数えて、ほんのちょっと淋しい気持ちになるのだ。

Just Like Heaven

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