ルナ

 夜を雇う。お金がないから、いつも退屈な夜がやって来る。だんだん感覚が麻痺し始めて、そんなことにも慣れてくる。そして僕自身が退屈になっていく。だけどときどき幸運が訪れて、特別な夜を連れて来ることができる。どれだけ普通の服を着ていても、はっきり分かる。手触りも息遣いも違う。足音を聞いただけで、ふっとその方に振り返ってしまう。

 たぶんそれは、普通の人にとってはありふれた夜だと思う。今夜もどこかで量産されているような感じだ。お酒を飲んで、淡くなった理性でふざけたことを話す。恥ずかしくなって笑って、またグラスに口をつける。顔を赤くする。それでも僕からすれば禁断の実で、今もその味が生き永らえている。大きさも色も違う惑星が太陽の周りを公転するように、ばらばらな三人で話を弾ませた。囲むテーブルの上で、見えない熱が踊っていた。居酒屋を出てとぼとぼと歩き始めたときも、その炎が優しくついて来た。

 孤独も好きだ。たった一人でいろんなことを考えて、苦しくなったら夜に逃げ込んですべて諦めてしまえばいい。いくつも手放した未来を知ってブルーになったとしても、大丈夫。お酒で鈍らせて、布団で溶かしてしまおう。でも、夜でさえ消化しきれずにすべて戻してしまうときがあって、中性脂肪のような苦しみを朝まで抱え込む。月しか知らない無様な格闘のあとで、お日様にも知られずに眠りにつく。それでも孤独が好きだ。小雨の日々を愛している。

 どういういきさつであの夜に至ったのか、説明するにはややこしすぎる。言えるのは、あんまり知らない人同士で楽しくお酒を飲んだということだ。喋るたびに僕の分身が口からこぼれ落ちて、いろんな鍵が外れていった。魔術的なチカラがきっとそこにはあって、僕はまんまとかかってしまったのだ。そして僕は一昨日見た景色を思い出す。すし詰め状態の車内で、窓に張り付くタコのような僕が見た夜の町。いくつもの蛍の光。その光は人生を教えてくれる一方で、どこかで僕を突き放していた。だけど日々はよく分からない。きっかけがいつ訪れるのか、予測なんかできない。あの日の夜のまぶしさがどれだけ儚くても、また退屈な夜を雇うことになろうとも、別にいいのだ。月と僕はすべて覚えている。