疲れたあなたへ
痛ましいニュースのあとで、またつらいニュースが報じられる。出来たばかりのかさぶたを爪で思い切り掻き切られたような気分が続く。怒りの声を聞いているだけで一日が終わる。きっと今夜も、僕らの寝床の下を悪魔が通り過ぎていく。涙や血反吐を吸い上げて、どんどん膨らむ悪魔。いるのかいないのか分からないけど、とにかく僕らの中で大きくなる悪魔。
例えば今の季節、お日さまがうららかな日に町に出てみる。大きめのシャツを着て、サンダルなんか履いて。自転車で当てもなく景色の中をさまよってみたらどうだろう。可愛い風が袖から入り込んで、肌を撫で、くすぐる。君の額に浮かんだ汗がまぶしい。それは首筋へと移り、やがて胸へとたどる。しかしすぐに風で乾いてしまう。見上げれば青と白が輝く、すばらしい日和だ。
そういう気楽さがいいなあと思う一方で、なかなかそういう訳にはいかない現実もきちんとある。パジャマを着ていた人がスーツに着替えるように。明るい場所を歩きながら、胃の中で湧き立つ怒りをどう調理しようかと考えている。言葉に埋もれ、人波を縫って、気づけば心は疲れている。知らない人の臭い、ひそひそした声。この町の夕方は、そういう喧騒から遠い。だいたい歩いているのは買い物帰りの人か、犬を散歩させている人ぐらいだ。ときどき猫がもふもふと歩いている。僕に気づいてさっと逃げてしまうのだけど。
疲れていると、何も考えたくない。いかにも健康に悪そうなものを食べて、お酒を飲む。それだけで満ち足りて、幸せを感じる。あとは、身につけていた服を脱ぎ捨ててお風呂に入る。頭の先まで浸かって、何秒つづくか息を止めてみる。疲れたからだに、お湯はやさしく答えてくれる。
テレビを点ければ、スマホを開けば、ニュースが飛び込んでくる。感情を勝手に揺らされるようなものばかりだ。それは、本当に怒るべきものかもしれないし、誰かがそうさせたいがために流しているものかもしれない。だけど僕は言葉に連れ去られるしかない。僕とまったく関係のない誰かに対して、乱暴に怒りを吐き捨てる。そうやって僕らの怒りによって脚光を浴びるニュースの舞台袖で、何かが姿を眩ませる。疲れた僕やあなたの頭には残らない、もっと大事な大事な...。
安心な僕らは
日曜日の朝は、ほんわかした優しいお天気だった。僕は駅までゆっくりと歩く。リュックサックは衣服や本、筆記用具なんかが詰まってぐっと重い。今のとろとろとした眠気の中では何にも覚えていないけど、過ぎ去っていく景色を懸命に記憶しようとあちこちを眺めて歩いていた。故郷がまたとおくなっていく。
バスで二時間半、間に渋滞なんかもありながら目的地にたどり着いた。商店街でドトールや本屋に立ち寄って、そのあと路面電車に乗り込んだ。がたごとと揺れた。進んで、止まって。それから大学前で降りてスーパーに寄って買い物してレジ袋握りしめて家まで歩いて「あー洗濯しなきゃ」ってあたふたしてご飯作って暑いからシャワー浴びて。グラスに氷を入れ、チューハイをそそいだ。ぷはあって感じ。それからだんだんふわふわする心地。
こんな日には、女の子とだらしない恰好で寝そべりたい。窓を開けて風を招き入れたり、唇の端っこから涎が垂れたり。果実の皮を剥くように服を脱がせたり、指と指で戯れたり。女の子が僕の本棚から適当に本を抜き取ってページを捲り、何でもないような文章を音読したり。そのような風景をふと想像して、憧れる。何の難しいことも考えずに過ごせる時間は、僕にあとどれくらい残されているんだろう。朝から次の朝まで、誰かと無駄にできる時間って。
と、こんなことを書いていたらもう夜が深く長くなろうとしている。あんなに気持ちいいきれいな快晴だったのが、今では騒がしい雨音まで聞こえている。憂鬱が背後から忍び寄っている感じだ。明日はニトリに行っていろいろ揃えようと思っていたのに。ああ、そうだ、やらないといけないことがあるんだった。休みが終われば、一人で起きて顔洗って服着替えて学校に行って真面目に話を聞いて自分の至らなさを思い知って悔しい思いを噛みしめながら一人で家に帰って一人で寝て、繰り返すように、ひっそりと、誰にも知られず朝を迎えるのだ。
詩について
網戸の隙間から、ご機嫌な風が吹いてくる。それはカーテンをそっと揺らして、埃を踊らせる。初夏と言われても疑わないぐらいの気温で、ベランダの先に見える緑がまぶしい。ときどき隣の部屋から笑い声が聞こえてくる。何の憂いも感じさせない陽気な笑い声だ。
今読んでるレイモンド・カーヴァーの本から、大好きな「ロードス島」という詩を紹介したい。「僕」は島の広場に座ってビールを飲んでいる。
どこかその辺にアポロンの巨像があって
あらたなる芸術家なり
あらたなる地震なりを待っている。
でも僕はべつに野心はない。
僕はここにじっとしていたい。正直な話。
でも僕は丘の上のホスピタル騎士団の城の
まわりで飼われている鹿たちと
遊んでいたいなあと思う
でも(!)結局「僕」は眠りの中へ落ちてしまうので、内容としてはただビール飲んで寝る男の話になる。ただ僕はなんとなく惹きこまれる。「別に野心はないけどさ、いや本当はあの美しい鹿とも遊んでみたいんだよ、本当はね(ぐびぐび)。...あーあ、眠たくなってきた」みたいなあやふやな感じ。
変わって、岡村靖幸さんの「SUPER GIRL」の歌詞もすごく好きだ。「俺ほどの男はそうはないはずさ」「俺ならば本当に損はないはずさ」なんて詩が続く中で、実はこの「俺」は21歳で仕送りを貰っていて、そのお金も「君」に貢ぐために使っていることが分かる。なんだろう、このすごさ。「仕送り貰ってる」みたいな歌詞は普通ラブソングに出てこないし、それでも「俺」のかっこよさが保たれている不思議。岡村靖幸という人間にしか歌えない不思議。
あと宇多田ヒカルさんの「For You」も昔からお気に入りで、久しぶりに読んだら「孤独だなあ」とやっぱり思った。それは「君」が明らかに不在しているからだ(知らんけど)。「散らかった部屋」とか「くれた歌」にはほのかに宿っているし、主人公は「君の顔」のために起きているけど、たぶん朝起きたって部屋に君はいないし、ただ部屋に散らかった形跡が残っているだけだ。そして、そこには孤独がこびりついている。
これを書き出したのはうららかな正午すぎだったのに、今はもう日が変わろうとしている。何をしていたのか?いろいろです。岡村靖幸聴いたり、喫茶店でジャズに耳をすませたり、いろいろ。明日には、実家で退屈してると思うなあ。退屈だからこそできることもあるんだけど...。
- 作者: レイモンドカーヴァー,Raymond Carver,村上春樹
- 出版社/メーカー: 中央公論新社
- 発売日: 2007/05/01
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ぽこぽこと、思考する(16)
・僕の大学には文学研究会みたいなのが無くて、結構つまらないなあと思っている。僕の中での「文学研究会」って、薄暗い喫茶店に革のソファ、テーブルの上にグラスと灰皿と本が並んでいるイメージなんだけど絶対違いますよね。グーグルで色々調べていたら東京大学のそれに行きついて、読書会なんてものがあると知った。取り上げている小説が有名だったりマニアックだったり、とにかく面白そうだった。彼らはもしかしたら、「昨日の夕飯何食べたの?」という感覚で「最近何読んでるの?」と訊きあったりしているかもしれない。恐ろしい。
・「まだまだ僕は若いから」というのを書いた。楽しかった。個人的な意見だけど、楽しい文章はすんなり書き終えることができる。最初にこれを書いて、その次にこれを挿入して、...みたいな流れがはっきりと見えて、あとはパーツを当てはめるように文字を埋めていく。そういう風にして書かれた文章は読む側としても読みやすかったりする。僕の文章を他の人がどう思っているのかはあんまり分からない。一言一句読み飛ばさないようにしている人なんていないと思うし(ね?)。僕自身が読みたいと思うものをただ書いているだけだから。
・書きたいという欲求はあるのに何を書いていいのか浮かばないときが一番つらい。まあ、それが今だったりする。昼間歩き回った疲れがじわりと残っていて、頭はあんまり働いていない。あれ、この一週間、人と喋ったかな。そんなことはまあいいか。もうずっとうだうだしていて、眠気までやって来てしまった。レイモンド・カーヴァーの本を手に取ってぺらぺら捲っては、また置いてパソコンと向き合う。みんなは今頃なにをしているんだろうと考える。ふとカーテンを開け遠くを眺め、灯りのある部屋があったら生活を想像してみるのだ。
・こうして一人で過ごす週末は、平凡だけど苦しくはない。とある人が「一人暮らしに慣れてくると、誰かといるときのほうが淋しく感じられてくる」と言っていてなるほどなあと思った。分かりますか?分かる人がいたら、どこかでお茶してみませんか。サンドイッチでもつまみながら、「最近何読んでるの?」なんて話してみたりして。
まだまだ僕は若いから
難しいことは全然分からない。数学の公式のあれこれは頭から蒸発してしまった。このところ、集中力の短さにうんざりしている。檻から出たライオンみたいに、一つの場所でじっとしているのに慣れないのだ。そんな感じで気まぐれに、YESと言ったりNOと言ったりする。これって若さなんだろうか?
クリームソーダの青空に遠くの方で溶けだすバニラアイス。シャワーを浴びたばかりの肌を、冬の名残りを感じさせる涼しい風が通り抜ける。えーと、新学期が始まって色々うんざりすることがあるけど(スマホ触ってる人とか、眠ってる人とか)、授業の内容が面白いのは確かだ。それに今日、カーヴァ―の『ファイアズ(炎)』が届いて読み始めたところで、かなりハッピーな心地にある。
彼のエッセイ「父の肖像」を読んで、自分の父親のことを考えた。僕はあんまりお父さんに似ていないんじゃないかと思っている。というか、何人かの女の人とニコニコ写真を撮ったり、二回も結婚を失敗させたり、健康に悪いことばかりして薬なしには生きられなかったり、とてもじゃないけど真似したくない。父には(だいたいの人間がそうであるように)いい面と悪い面があり、僕は「いい面」がずっと見えていなかった。だけどここ最近になって、父に惹かれている部分に気がついたのだ。アランもびっくりするぐらいの楽観主義者。とっても身近な哲学者。だから僕には『幸福論』なんて必要ない、多分。
たくさん働いて偉くならなくたって幸せを見つけている人を知ってしまっているから、僕には上昇志向とか競争意欲とかそういう類いのものがないのだ。別にそんな自分を肯定してほしいわけじゃない。これは半永久的に揺るぎないから。あ、でも僕はまだ若いしなあ。バリバリに働いたり、飲み会に参加しまくったりするかもしれない。詩情に耽ることが急に馬鹿馬鹿しくなって、ビジネス本に赤線を引いたり...。「あっ、今日の空、クリームソーダみたいだなあ。じゃああの雲はバニラアイスってことだ!」って思って、誰かに言いたくなるなんて、今だけなのかな。
これから先どうなるんだろうと思索すると、いろいろ不安の種が頭からあふれだす。嫌な渦の中に引きこまれそうになる。夜が呪いを唱え、血を求め歩き始める。まだまだだ。まだあの、テレビの前でトドみたいに寝ている楽観主義者にはなれそうにない。
まとめ(8)
まとめです。二月から春に向けて...。
1. しあわせ
留学に行けないもどかしさを生活感満載の文章で正当化。
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2.青春音痴
題は穂村弘さんの『世界音痴』から。いつまでも青春というものがよくわかりません。
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3.懐かしいって感じ
自分もいつか古びて、社会からどんどん疎外されていくんだろう...という悲しさ。
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4.ひとり再考
再考と最高をかけて「一人」について考えてるから、お前には友達ができないんだぞ。
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5.花と棘
春に聴くフリッパーズ・ギター、至福です。オザケンは早くアルバム出そうね。
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6.ポップ・ウイルス
あまりにもすごいライブだったので、夢だったんじゃないかと思っています。
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7.まぶしがりや
...そんなあの娘は透明少女
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8.朝と抱擁
今夜もうだうだと悩んで、朝を迎えるだろう
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9.桃色の風
いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて生きるのさ
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10.忘れられないの
この頃はたぶん、「何かしなくちゃいけないんだろうけど何できるのか分からないよ」というジレンマに苦しんでました。
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11.町くらげ
「一期一会」とはこのことです。
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春は、新しい環境に進む人たちに向けて文章を書きながら、それに僕自身も救われた季節です。どうか、葉が青くなってからも読み続けていただけたら、と思います。
おいしいもののことをまた考える
昨日は張り切っておかずをたくさん作ってしまった。まいたけと人参のきんぴらと、大根とイカを煮たやつ、それに鶏のささ身と小松菜をバターで炒めたやつ。味の良しあしは一応おいておくとして、とにかく作る時間は至福だった。途中、指を怪我してすっごい痛かったけど。うう。
昨日は新学期が始まり、久しぶりの授業だった。天気は雨。悲しい道を、傘をさして歩いた。車が水たまりを蹴り散らし、ばっと飛沫が立った。その道を歩いていった。教室に入ると誰もいなくて、そっと席に座った。それからのことはあんまり記憶にない。やっぱり英語はむつかしくて、先生が「これくらいはまあ分かると思いますが」と言った単語が全然分からなかった。歳は取ってもレベルは上がってないから、期待値ばかりが高くなって、もうお手上げなのだ。みんなが「若い頃にもっと勉強しておけばよかった」と言っている気持ちが分かったけど、若い頃にもきっとだめだったと思う。
雨模様のまま教室を出ると、ぱっと眩しい日がさしていた。地面に散らばった粒々を太陽が照らしていた。変なの、と思いながらスーパーに向かう。昨夜考えたメニューを、頭の中でまた思い起こす。かごにどんどん食材を入れていく。ついでにチョコチップメロンパンも入れてみる。レジでお金を払って、家へと帰る。帰り道のことはあんまり記憶にない。やっぱり料理のことを考えていると周りの景色も、なんならどの道を通ったかさえ忘れてしまう。「もうちょっとキッチンがちゃんとしてたらなあ」と呟きつつ、ぐつぐつ、コトコト...、じゅわぁーっ...。
いっぱいおかず作りたい!と思ったきっかけは、『きのう何食べた?』というドラマを見たからだ。たった料理を作るだけで幸せな気分になれるなんて、本当ツイてるなあ。お風呂あがり、Tシャツとパンツ。チューハイを飲みながらきんぴらをつまむ。これも幸せだ。どんな場所でも、人はそれなりに幸せは作れるんだろう(たぶん)。このままずっと好きなご飯ばかり作って生きていたい。や、何もしたくない。