NIGHT SCRAPS

夜をつらつら書き連ねるブログ

まぶしがりや

 ずっと読みかけだった本をやっと読み終えた。カーソン・マッカラーズの『結婚式のメンバー』だ。1946年の小説を村上春樹さんが新訳したもので、カバー写真にはマッカラーズ自身の姿が写っている。物語は「緑色をした気の触れた夏のできごと」で、十二歳の少女フランキーがその主人公だ。彼女は、兄の結婚式で人生が変わることを夢見ている。新婦新郎とともにどこかの土地へ流れていきたいと思っている。どうしてそこまで結婚式に拘るのか疑問に思うほど、彼女はそれに執着し、ときどき無茶をやらかす。

 途中、女料理人のベレニスに対して、何かを伝えたいのだけど全然違うことを口にしてしまう場面があって、そのもどかしさが巧みだなあと感じた。とにかく、フランキー(またの名をF・ジャスミン)の心情の機微がふわりと表れている。飴色の空想の世界、どこか知らぬ場所への憧憬、無鉄砲でなりふり構わず突っ走る姿。光が道路で跳ねて、瞳を夜空の星にする。

 そんな彼女も、十三歳になって変わっていく。従弟である六歳のジョン・ヘンリーが亡くなってしまって、彼の存在も風のように溶けてしまって、辺りの景色が灰色に暮れていく。ありきたりな幸せで笑顔を見せる少女。落ち着いたフランキーの仕草は成長だと思う一方、どこか切ない。読者はそうして本を閉じる。しかし、またしばらくしてページを捲り始める。あの頃のフランキーに出会うために。

 誰もがきっと十二歳という季節を通り過ぎて、だんだんと社会性を帯びていく。尖った部分も削られて、大きな集団にまとめられてしまう。社会からはみ出た部分がいつの間にか「羞恥」なものとして記憶される。そしてふっと、世界から色が抜けていくのだ。

 ペシミズムはこれぐらいにして、『結婚式のメンバー』は描写が美しい作品だと思った。そして繊細だ。フランキーが兵隊の男と二人きりになるシーンがあるのだけど、彼の態度に隠された得体のしれない欲望が、やたら気味悪く感じられる。そう、欲望の対象として見られていることの気味悪さ、というか。この物語を読んでいる間は、あらゆることに盲目で、しかしながらきらきら眩しい少女になりかわっている。その子はまだ夜を知らず、齢を取ることも知らない。何か魔法めいたものに守られたときに住んでいるのだ。それはもう、僕の住めない場所だ。

結婚式のメンバー (新潮文庫)

結婚式のメンバー (新潮文庫)