NIGHT SCRAPS

今 https://note.com/star_gazer_

夜に鉄道に乗るように

 昨日は、お昼から午後八時まで大学の図書館にいた。気の進まない課題を前にして、ああでもないこうでもないと資料を選んでは元に戻し、文章を無理やりひねり出した。途中でお腹が減ったから、近所のスーパーでドーナツを二個買って胃に押し込んだ。窓の向こうがだんだん黄昏ていき、ついに黒く塗りつぶされてしまって、課題を途中のまま終わらせて外に出た。

 雨がまだ降っていた。灯りが濡れた道を照らし、水たまりの中に雨粒がぽつぽつと落ちていくのが分かった。苦い苦いブラックコーヒーを思わせる、真っ暗。イヤホンからアジカンの音楽が流れていたから怖くはなかったけれど、何度かふと振り返ってしまった。それでも何にも起こらずに、自分の部屋に帰る。

 帰ってきたら途端にお腹が空いてきた。それでも料理をするのは疲れる。燃え尽きた煙草に火をつけるようなものだ。その前にお風呂に入りたかった。熱いお湯が溜まっていき、湯気が霧のように煙る。服を脱いで身体を洗い、ゆっくりと湯船の中に入る。肩まで浸かると、解きほぐされる感覚を覚える。僕は車に乗っているとよく眠たくなるのだけど、それに似ている。ぽかぽかとした座席に座り、どこかへとふらふら浮遊している。そしてゆらゆらと揺られながら、眠たいなあと思う。中学生ぐらいまで、お風呂の時間はちょっとぞっとするものだった(一人きりだし静かだし)けれど、今では一番落ち着く時間になっている。不思議だ。

 お風呂から出て、冷凍食品のちゃんぽんを食べた。温かいお風呂に入り、温かいものを食べることがどれだけ偉大か、最近よく実感する。寒いから、洗濯物を干すのは億劫だし、皿を洗うのはもっと億劫だ。まあ、寒くなくても面倒くさいのは変わりないのだけど。そして課題を終わらせて、ゲームをしたり動画を見たりしていたら眠れなくなって、四時までうだうだしていた。空が明らむ気配を感じた頃、やっと眠りに落ちることができた。

 今朝起きると、昨日の曇り空をスクラッチしたみたいにきれいな青空が広がっていた。

肌

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好き part.3

 図書館を出ると、西日の中に人影があった。よく見ると、それはお子さんを抱えた先生だった。あまり喋ったことはないけれど、授業は取っているし、「お借りしたい本があるのですが...」とメールのやり取りなどをしたことがある。なにより、僕はこの先生がなんとなく好きだ。小動物、特にモルモットを思わせる愛嬌がある。今週の火曜日の授業が休講になったのだけど、先生の体調が原因らしかった。そんな気弱さも、可愛いなあと感じる。

 一度でも「可愛いな」と認識した人は、なんでも可愛く思えてしまう。遅刻しても、時間配分を誤って全然内容が進まなくても、すべてが許される。でもそういう可愛らしさの根幹には、誠実さとか、ナイーブさとか、膨大な知識なんかが確かにあるのだ。それは、容姿における''可愛らしさ''とはまったく違うものだ。

 今の教育の流行りとして、グループワークというのがある。複数人で話し合い、意見を交わし合う。僕はこれがとても苦手で、いつまでもグループ内の空気がかちこちに凍り、言葉が吐き出しづらい。どうせなら一人であれこれ考えたいのに、「将来必要だから」という理由でいろんな授業で頻繁に行われている。

 先生は、「苦手な人はメールをください、別の課題を渡しますから授業を休んで構いません」と言った。「僕もどちらかというと苦手なので」。海外に行って研究を発表したりしている人なのに、自分とあんまり変わらないところがある。仕事をしないといけないのに、全然関係ないことに時間を割いてしまう。時計の針を見間違えて遅刻してしまう。そんなエピソードに人肌の温度を感じる。完璧な人への僻みとか嫉みは無関係。ただ素直に、愛おしいと感じているのだ。

 先生がなんとなく小沢健二っぽいから、「ある光」を。

ある光

ある光

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 Pixivなんかで「この漫画いいなあ」と思ったものには、ついつい感想を送ってしまう。それが絵師さんに届いているのか、どう受け止められているのか分からなかったけど、自分がその立場になって少し理解できる。恥ずかしい。そして飛び上がるくらい嬉しい。たった二文字だけど、二文字に収まらない気持ちがある。不思議だあ。

ウサギとカメ

 人の話をすぐ理解できない。うんうんと適当に聞いて、数分経ったあとで「あれってこういうこと?」と尋ね、「今さら?」と呆れられる。ゼミなんかで他の人の発表を聞いたりプリントを読んだりしても、内容はあんまり入ってこない。質問を促されても、まず完全に理解できたわけじゃないから疑問点すら浮かんでこない。

 イメージでいうと、硬い硬いガムだ。すぐに噛むことはできなくて、口の中で転がすぐらいしかすることがない。そうして温めているうちに柔らかくなって、歯にくっつきながらもくちゃくちゃできるようになる。だから、硬いガムをすぐに噛める人、つまり何でもすぐ理解できる人を見てると自分だけ可笑しいんじゃないかと思ってしまう。硬い歯が欲しい。否、柔らかい脳が欲しい。

 今の時代なんでもスピードだし、世の中昼寝しないうさぎばかりだから、昼寝する亀は到底たどり着けない。遅いのに。昼寝してしまう。寺山修司がエッセイかなにかで「何事も速いほうがいいでしょ」みたいなことを書いてるのを読んで、(生きづらいなあ)とため息をついたのを思い出す。亀は亀でも外来種の亀ならよかった。生ぬるい川に浸かった日本の亀はすぐ生態系を破壊されるのよ。

 でもごくたまに、ぐうたらして得た下らない知識で人と繋がれるときがある。他の人だったら絶対伝わらない物真似も、ネタに気づいてくれるときがある。遠回りに歩いてきた道を、誰かも通っているのだ。そのことに気づくと、(その道が遠ければ遠いほど)無性に嬉しくなる。ボタンがぱちっとはまった感覚。たぶんうさぎにはない生態。それを楽しみにしながら、またのほほんとお昼寝するのだ。

 

 楽しみにしていたドラマが終わったけど、来週には星野源さんの新譜が出る。生きねば。


星野源 - Pop Virus【MV】/ Gen Hoshino - Pop Virus

スロー・ライフ

 靴下を履いたまま眠るのは、身体が拘束されてストレスがかかるから疲れも抜けにくいらしい。たしかに、部屋に帰って靴下を脱いだ時の楽々さは言葉にできない。だから忙しい生活にがんじがらめにされると、ぱっと脱ぎ捨てたくなる。素っ裸でお風呂に浸かるみたいに。

 二限目の授業を終えて、暇になったから喫茶店へと歩いた。途中、銀杏の木が枯れた風に大きく揺らされて、黄色い葉っぱが蝶々みたく地面に落ちていった。どうして寒くつらい季節なのに、枝を空気にさらすんだろう。葉をいっぱいまとう方が暖かそうなのに。そういうことを考えながら、コンクリの階段を上り、ドアを開ける。いつも座ってる席に落ち着いて、いつものメニューをお願いする。他の席には中高年の男女が三人と、主婦っぽい女性二人組がそれぞれ座っていた。

 『HOSONO HOUSE』の頃の細野さんに似ているお店の人は、一人であれこれ(料理を作ったりレコードを流したり)している。だからメニューが出てくるまでの時間、僕は本棚から漫画を手に取って読んでいた。近藤聡乃さんの『ニューヨークで考え中』。ずうっと気になっていた本で、線の感じが柔らかくていいなあと思った。ニューヨークでの生活がほわほわと描かれていて、読んでて気持ちよくなる。ニューヨークは一月二日から仕事とか学校が始まるんだと知って驚いたし、近藤さんは自由業だから好きなときに仕事ができるのが羨ましかった。好きなときに好きなことをする。ふう。

 そんなこんなでメニューが来た。サンドイッチとコーヒー。お店の人の気まぐれか優しさか、ポテトサラダが少しおまけされていた。うん、こういうところが好き。ジャズを聴きながら(僕が覚えているのはホレル・シルヴァーの『Song For My Father』)、サンドイッチにかぶりつく。パンがカリカリに焼けているから、いっつも口の内側が負けてしまうのだけど、それでもおいしい。本当にゆったりとした時間が流れていた。ごつごつした掌の中で暖められた空気のように、それは本当だった。自分では脱げなかった靴下がずるずると逃げていく。

 今日はマフラーを買った。しばらくぶりに巻いてみたからか、ちょっと苦しくて、外してはまた付け直して、を何度か繰り返した。四限目の授業を済ませたらそのまま本屋さんでいろんな本を立ち読みした。せかせかなんかしなくていい週末。他の人がせっせとトライアスロンみたいなことをしている間、僕はゆったりと過ごす。明日は街に出て、バスのチケットを買うついでにあれこれ見ていこう。今のうちは、それでいいや。

冬越え

冬越え

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なんとなく嬉しくなった日

 太宰治の『人間失格』が蜷川実花監督によって映画化されるとツイッターで知って、「へえ、小栗旬かあ、ちょっとムキムキすぎないかなあ」と思っていたら、高校で同じクラスメイトだった女の子から久々にラインが来た。『人間失格』のことで、だ。

 彼女は太宰治の小説が好きで、中期の作品『ろまん燈籠』について語っていたのを覚えている。たぶん『人間失格』で「自分のことだ...」と感じた側の人だと思う。そんな彼女から「嬉しかったから、誰かに言いたくて」という理由からメッセージが届いた。話題はずっと映画化のことだった。途中、本屋さんでバイトしていることや、夢野久作の『ドグラ・マグラ』はちょっと悪いことをしたいときに隠れて読むといいよ、という謎のアドバイスを貰ったりした。ちょっと悪いことをしたいときって、何よ。

 ふと太宰治の『人間失格』を、本棚から取り出した。新潮文庫で、目が痛くなるくらいのピンク色のカバー。ペラペラと捲っているうちに、懐かしい気持ちになった。中学一年生のときに読み、高三で再読したときは半分トラウマになったけど、今改めて読むと笑える。だって、散々「自分は恥の多い生涯を送ってきました」とか「自分には道化しかなかったのです」とか語っておいて、最後の最後には「神様のようないい子でした」で終わらせている。自分のことがつくづく嫌いかと思わせて、実はすごく愛している。そういう面倒くささが面白い。

 昨日からあんまり嬉しくない天気で、学校に行くのも気が進まなかった。コンクリートの上に銀杏の葉が降り、踏まれた。雨で落ちた銀杏の葉がその上に重なり、また踏まれた。見上げれば鬱々とした曇り空が厚く堆積しているのに、銀杏のぽかぽかとした明るさがぱあっと広がっている。でも誰もそこを気にせずに通り過ぎているのがまた痛快だった。冬!...あ、とある授業で中間試験をしたのだけど、あんまり自信がなかった。でも今日返されると優秀答案に選ばれていて、途端に嬉しくなった。一番点数が高かったわけではないけど、平均点よりあったので、丸。文句なし。

 その彼女とは卒業式以来会っていない。バイトしてる本屋さんに行ってみたいな。どこか知らないけど。知ってたとしても東京だから相当な距離があるんだけど。店員さんとお客という立場で会ってみたい(面白そうだから)。高校が一緒で仲良くしていた人とも、どんどん疎遠になっていく。勝手にひとりぼっちの気分になっても、意外と糸は切れていなかったりするのかな。そう思うと嬉しくなった。

言葉はさんかくだから

 火曜日の夜、君から電話がかかってくる。ちょっと待ってからそれに出て、ぎこちない挨拶を交わす。まただらだらといつものように下らない話を紡ぐ。他の人に言ったら情けないと思われるようなことも、何の気兼ねもなく話して、笑う。いつか二人とも時の流れに揉まれて一人きりで老いていったら、結婚しようねなんて言い合う。

 僕は話すのが苦手だ。口を開けて声を発するというのが妙に恥ずかしくて、会釈とかジェスチャーで済ませてしまうことがときどきある。だからこういう場所でのびのびといろんなことを文字にしているわけだけど、文字に直すのはそれはそれで結構面倒だ。映像を文章にするのはむつかしいし、いろんなことが起これば起こるほどそれを整理するチカラが必要になる。面白いことがあって君に伝えようとしたとき、やっぱり電話で喋る方がなんかいい。

 話す前にいろいろ考えていても、いざ話し始めるとそれらが姿を消して「しんどいね」とか「生きにくい...」とかネガティブな常套句がふっと湧き出してくる。それはきっと、かさぶたの下の桃色の肌と同じかもしれない。思考で頭を固めていたって、声を交わすと一番素直で柔らかい部分が出てきてしまう。あと、電話をしているのが夜深くということもあると思う。とろとろの頭でほとんど何も考えずに言葉を吐き出しているから、「しんどい」がまず先に出てくるんだろう。そして朝になっていて、まだ通話中だと気づく。君が学校へ行く姿を想像しながら、また眠りの中に落ちていく。

 去年は洗濯が億劫だったよなと、洗濯物を干しながら考える。今年は暖冬だから、干す指が冷たさでちくちくしない。食器を洗うのだって、去年は修行に似ていたし、水をぬるくして洗っているときもあった。暖冬と言っても、風邪を引いてしまったけれど。君が風邪を引いたと聞いたちょっとあとに病院に行きました。

 いつか君がおすすめしていたのを思い出して、くるりの「言葉はさんかく こころは四角」をこのところよく聴いている。ものすごく淋しい歌。故郷で暮らす両親のことをふと思い出した。帰ったら何を話そうか、暇なときにつらつら考えている。いざ帰ったら全部吹っ飛んでしまうとしても、まあいいか。そのぶんたくさん話せばいいんだ。すっごく下らないやつを、たくさん。

ぽこぽこと、思考する(9)

・昨日はずうっとくるりを聴いてた。「BIRTHDAY」という曲を、別に誕生日でもないのに何回もリピート再生して、コーラスええなあとその度思った。あと、「春風」とか「旅の途中」とか、そのあたりの曲を好んで聴いた。くるりの音楽は、お茶漬けみたいだ。こってりした歌ばかり聴いていたら、ふと思い出してさらさらと味わいたくなる。あっさりしてるから全然飽きないし、たまに梅干しや鮭を入れると変化も楽しめる。だからほら、はよ食べんと冷めちゃうよ。

・唐突に寒くなったころから、鼻水、鼻づまり地獄がまた始まった。気を抜いているとさあっと鼻水が垂れてくる。どれだけ鼻をかんでも枯れることを知らず、鼻の奥がひりひりしてしまった。極めつけは寝苦しさで、どうしても口呼吸になるから朝起きると口の中がからからで、いがいがしている。

・これは我慢できないと思って、初めて一人で病院に行った。家から徒歩五分ぐらいの場所。受付の人に保険証を渡し、問診票にいろいろ書きこんで、それから先生に診てもらった。鼻の穴に長い棒状のものを突っ込まれて、脳内で「いたいいたい」とクリープハイプみたいに繰り返していた。アレルギー性鼻炎とも風邪とも考えられると診断され、両方の薬を処方しておきますと言われた。それで終わりかと思いきや、病院のおばさんに案内され、とある場所に座らされた。

・「これを鼻に入れてください」と言われ、僕はソレを鼻に突っ込んだ。ソレはマカロニのように穴が開いていて、なんだろうと不思議に思っているとその穴から空気が流れてきた。しかもその空気には薬が混じっているのか、独特の味がする。鼻の穴を通って口へと溢れ出た空気は白く靄(もや)がかかっていて、新手の宗教に加入したような気分になってきた。でもその儀式を終えたあとには鼻の通りがとてもよくって、気分が少しだけよくなった。それから診察料を払って、薬をもらってまたお金を払って、家へと帰った(口に残る薬の苦さに気分を悪くしながら)。

BIRTHDAY

BIRTHDAY

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