耽美なる

 大人になると分かる世界がある。大学の講義で耽美派について学んだ。耽美派と言えば、永井荷風谷崎潤一郎。大学生になりたての頃、本屋さんで谷崎の「刺青」を立ち読みしたのを思い出した。ほんの短い作品だけど、その強烈さは今でも覚えている。刺青師の清吉は、肌に針を刺すときの人びとの悶え苦しむ姿を見る度に、言いがたい恍惚感を感じていた。そんな彼の宿命は、美女の肌に己の魂を彫り込むこと。とある春、彼は使いに来たある娘に美しさを見出し、彼女に二枚の絵を見せる。一枚目は刑に処される男たちを冷たく見つめる女の絵、二枚目は「肥料」と題される、男たちの死体の上に佇む若い女の絵。そして娘を麻酔で眠らせて、背中に女郎蜘蛛の刺青を彫る。それが完成した時、清吉は空虚となり、彼女はつぶやく。「お前さんは真先に私の肥料になったんだねえ」。

 歌を聴いていても、変態な歌詞を見るとにやりとしてしまう。僕は、キリンジスピッツが、とても知的で文学的で、でもしっかりとスケベで好きだ。キリンジの歌詞(特に兄の高樹さんの歌詞)でいいなあと思うのは、「雨を見くびるな」と「Drifter」や「地を這う者に翼はいらぬ」など。特に笑ってしまうのは「乳房の勾配」だ。タイトルが既に面白いけれど、最初の歌詞が「体だけさ それが目当てなんだ 悪いかい? 花環を食い散らかしてみたいんだ」なのだから、微笑みを禁じ得ない。しかもこれらが爽やかなメロディでさらさらと歌われるのだ。そして「雨を見くびるな」の「口づけで責めてみても カエルの顔にシャンパンか」が意味不明を極めていて、歌っていてとても楽しくなる。

 スピッツの歌詞は、多くの人が言っているように「死とセックス」が大きなテーマになっている。「青い車」の歌い出しである「僕の冷えた手が 君の首すじに咬みついてはじけた朝」というのも、なんだかいろんなイメージを想起させる。情事のあとに冷え切った関係なのか、絞殺についてのスケッチなのか...。どちらにせよ、何かしらの肉体の接触を感じる。死の近くの、冷え冷えとした二人。サビには「輪廻の果てへ飛び下りよう」とあるから、たぶんそういうことなのだろうと思うけれど、答えはない。

 タモリさんが「人間はみんな変態だよ」と、どこかで言っていた。動物はみな服を着ていない状態が普通なのに、ヒトは裸であることを恥じらう。耽美派の小説やいくつかの歌詞は、そうした「恥じらい」や「恍惚」をぐつぐつと煮て、美味しくなるように仕上げたものだと思う。桃色の世界を作るためにうんうんとペンを咥えている姿を想像すると、とても愉快だ。 

乳房の勾配 (feat. キリンジ)

乳房の勾配 (feat. キリンジ)

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