NIGHT SCRAPS

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いとしき孤独

 正午。コンクリートの階段を上り、扉を開けた。お店の人が「いらっしゃい」と静かな声で言い、僕はどこに座ろうかとせかせかと視線を動かす。レコードが流れていて、それがはっぴいえんどの音楽だとすぐに分かった。「ゆでめん」だ。ふっと席に腰かけて、お店を囲うように置かれている本棚をじっと眺めてみる。そうしているうちにお店の人がやって来て、お水をくれる。僕はレタスとトマトのサンドイッチとアイスコーヒーを注文する。

 だんだんとこの空間に慣れてきて、自由に動けるようになってきた。席を移動して、本を手に取ってみる。ゴダールの映画に関するものがあるかと思ったら、バナナマンの本もある。フーファイターズのデイヴ・グロールの特集をしている雑誌のすぐ近くに、ジャズ喫茶についての本が佇んでいる。はっぴいえんどのレコードが止まり、静寂が顔を出す。物静かな男性が新しいレコードに替える。キャノンボール・アダレイの『Somethin' Else』。僕は本棚の隅でポール・オースターの『孤独の発明』があるのを見つけて、手に取る。

 サンドイッチをかじる。パンのぱりぱりとした音と、トマトケチャップの風味。コーヒーの苦み。そして本を読んでいると、路面電車が通ってがたがたと空気が震える。『孤独の発明』はいつか読んでみたい作品だったのだけど、かなり面白かった。彼の父にずいぶん惹きこまれていった。

 客は僕以外に、大学教師っぽい人や、女子大生、60代ぐらいの女性がいた。彼らの会話はほとんど聞き取れなかった。『Somethin' Else』が二回流れ、そして終わり、また沈黙。今度はソニー・ロリンズの『Saxphone Colossus』だ(ジャケットは見たことがあったけど、名前は知らなくて後で調べた)。芳醇な空気が満ちていた。僕はただページを捲り、縦に流れる言葉を追っていく。僕より後に来た女性が会計を済ませているのに気づいて、本をぱたんと閉じた。本棚にそれを戻し、僕も会計をした。「ごちそうさまでした」をちゃんと言って、外に出た。

 寒い季節になってきたから、今日はセーターを着ていった。父からもらった、ピア・スポーツのものだ。ガラスに写る自分の姿をちらりと見て「やっぱりこの服かっこいいな」と思ったりした。それからApple Musicで『Somethin' Else』を調べてちょっと聞いてみた。'Love For Sale'という曲がお気に入りかなあ。とにかくいいお店だった。また行こ。

あやか市の動物園

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