余白のある音楽

 ここ数日、フランクオーシャンの2016年のアルバム『Blonde』をよく聴いている。なぜ発売された当時に聞かなかったんだろうとその頃を思い出してみると、みんながこのアルバムを推していて、あまのじゃくで「いや、聞かない」って勝手に拒否していたんだった。R&Bだけどアンビエント環境音楽)の要素もあり、歌詞にはラップも出てくる。複数のバックグラウンドが一つの形に収まったような素晴らしい作品だと思った。ほどよく盛り上がり、そのほかはアンビエント特有のゆったりとした空間が広がる。

 この作品を聴いていると、浮かぶ情景がある。夕暮れ近くに、波打ち際を裸足で歩いている。ときどき車や波の音がやってくるけれど、それが去っていくと静寂があちらこちらに現れる。あまりにも静かすぎて、自分一人しかいないんじゃないかと錯覚するほど。しかし、すぐに潮騒がそれをかき消していく。そういう、きちんとそこにある「余白」が、とっても心地いい。余白...、余白と言っても、足りないとかそんな意味ではなく、余白によって音楽がやっと完成される、という意味である。この感覚は、他の音楽でも感じたことがある。

 コールドプレイの2014年のアルバム、『Ghost Stories』。フロントマンであるクリス・マーティンの離婚がこの作品の特徴である「夜」や「悲しみ」に繋がっている。おそらくこのアルバムも、アンビエントが大きな影響を与えていると思う。アヴィーチーとコラボした「A Sky Full Of Stars」の静かなカタルシスを除いて、明るい部分はほとんど見られない。どれだけ激しく動いても粘っこく絡みつくような、暗さ。静かで、でも根底にはクリスの悲しみが宿っている。しかしそれはどこか美しくて、寝転がっていつまでも眺めていたくなる。そう、ここにもやっぱり余白があって、僕が曲に入り込むことで曲が完成するような気がする。

 ばっちりと埋め込まれた作品にも、良さはある。しかし「いつまでも聴いていたい」と思わせるのは、余白のある音楽だ。敢えて、狙って、静寂を奏でている。塗り残した部分をそのままにしておく。先程の自分の言葉を否定するようであれだけど、僕は「少し物足りない」くらいが一番好きなのかもしれない。ビートルズでも、サージェントペパーより『Revolver』の方が好きだし。また聴きたいと繰り返すたびに、手垢がついて自分の臭いが移ってくる。きっとそうやって思い出の曲はできていくのだろう。 

Solo

Solo

  • フランク・オーシャン
  • ポップ
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes