NIGHT SCRAPS

夜をつらつら書き連ねるブログ

間違えたまま

 大学からの帰り道、小学生とすれ違うことがよくある。青い空からふわりと夕空が溶け出す頃だ。ランドセルを背負った彼らが鬼ごっこをしたり駆けっこをしている。その道は幾分狭いから、ときどき車がつっかえている。見てるこっちは危ないなあと思うけれど、彼らはほとんど本能で遊んでいる。一人一人が家に帰るまでただただ走る、それを何日も何日も繰り返す。

 軍隊のように繰り出す彼らを見て、これからどれだけ間違っていくんだろうと考える。それは決して、減点されるミスではなく、加点されるべきミスなんだけど。うーん、なんて言えばいいんだろう。決して道徳的に外れた間違いのことではなくって。初めて知る情報や知識に浮かされて、「迷惑」とかそんな概念も分からずにしてしまう間違い。誰もが一度は通る道の一つだ。ふと振り返ったときに、甘くて酸っぱい味がほどけるような間違い。...言葉であんまり伝わらないなあ。

 自分を見つめ直すと、ふざけた記憶が箱から飛び出す。あんまり馬鹿馬鹿しいから書き出さないけれど、その中には人を傷つけたり怒らせたり泣かせた過去も含まれている。誰かが笑っているのに調子づいて、法定速度を軽く超えるぐらいアクセルを踏んで、後悔という道にたどりついたこと。誰かが自分のしていることで笑っているという初めての現象に浮ついたのだ。これはきっと、今の自分も危うい。つまり、今も調子に乗りやすい。

 自分で認識できる間違いは幾つかあって、まだ見えていないものもきっとあるのだと思う。たぶんそれを指摘されたら景色がぐわりと変わるだろう。今まで自分が普通だと思っていたものが否定されると、その歪みはずいぶん長いあいだ残る。

 間違いの種類にもよるけれど、間違えた人を見ると愛しい。「ばかだなあ」と嗤っているわけじゃなく、武骨さとか不器用さが愛おしいのだ。植木等さんが満開の笑顔で「分っちゃいるけどやめられねえ」と歌っている、あの感じだ。そうそう、「ハイそれまでヨ」で「フザケヤガッテ コノヤロー」と高らかに歌う感じ。あの愛おしい間違いが見ていて楽しくなる。最近インドの動画を見るのが好きなのだけど、鍋つかみで皿を拭いたり、明らかに前に調理した残りだろうなあという残骸があったり、日本人の感覚ではツッコミどころ満載で、それでもインドの人々の緩さとか、まったりした陽気さがとってもいい。

 というのを、星野源さんの新しいアルバムを聴きながら考えていた。みなさん、買って下さい。あとで「しまったなあ」と思っても、たぶんそれは正しい間違いだから。大丈夫。

サピエンス

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