NIGHT SCRAPS

life, solitude, words

友愛の修辞法

 友達とも恋人とも言い難い関係の人っていませんか?友達以上恋人未満っていうのかな。今日、SMAPの映像をたくさん見ていて、なんだかそういうものを感じていた。二十年近く一緒にやってこられたのって、きっと友達以上の何かがあったからなんだろうなあ。いろいろ見ていてすごくよかったと感じていたのは、クリスマスイブに五人が集まって特に何かをするとか決めずにぐだぐだ過ごしていたものだ。自然と仲の良さがにじみ出ていて、すっかりほっこりしてしまった。

 僕は明日バスに乗って帰省するんですけど、一番大事な友人と会うのってやっぱりウキウキするものだ。よく電話していたときに、ときどき「好き」だと言ったりしたけど、「好き」とはなんだか違うような気もしている。もちろん好きには違いないんだけど、好きでは包括できないものがあってだな...。小沢健二さんの歌に「シナモン(都市と家庭)」があって、「友愛の修辞法は難しい 恋文よりも高等で」という歌詞が出てきて「まさにそれ!」と思った。恋人に「好き」や「愛してる」と言うのはある程度決まったことというか、そう言うほかに何も言葉がない気がしている。だって「好き」で結ばれた仲だと思うから。でもこの友人に対しては、「好き」という尺度では語れないものがある。例えば、僕は家族に「好き」とか「嫌い」とかいう感情を持っていない。なぜかというと、どう思おうと縁が切れないと分かっているからです。それと同じで、この人とはずっと付き合っていくだろうなと感じる人には「好き」「嫌い」の次元を越えた感情を抱く。

 その友達のことは、前にも書いたかな?結構登場しているから知っている人もいるかもしれないが、もう少し話しておこうかな。彼とは高二のときに同じクラスになったけど、実は僕の方は高一のときから一方的に知っていて気になっていた。というより、こいつとは仲良くなれそうだという確信があった(そういうのってありません?)。話すきっかけになったのはとある授業で一緒にパソコン室に行ったときで、本当はまじめに調べなきゃいけないのに二人ともふざけて、アマゾンのサイトを見たりYoutubeを開いて危うく動画を再生しそうになって笑ったりしたのだ。受験期も一緒に過ごしていた戦友で、そういえばいまだに喧嘩をしたことがない。お互いあんまり怒らないからかな。

 そんな彼になんて言っていいのかわからないけれど、たぶん「また会おうな」とかが一番ちょうどいいような気がする。僕が思う最もよい関係は「淋しいから会う」じゃなく「会いたいから会う」だ。ちなみに小沢健二さんの新曲「アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)」にはこんな歌詞がある。「手を握って 友よ優しく」。