NIGHT SCRAPS

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暗闇に目を凝らす

 夜、ベッドに入りスタンドライトを消す。途端に部屋は真っ暗闇に染まり、ただ目を開けているだけでなんだか変な感覚に陥ってしまう。でもじきに目は慣れてきて、壁や天井などの奥行きを感じられるようになる。そして眠りに落ちる。ここ数日続いていた雨もやみ、カーテン越しにも温かい日が射した。昨日鳴り響いた雷は、もしかすると春雷だったのかもしれない。公園沿いの道を歩き、梅の花が咲いているのを見つけてふと春を感じた。

 去年の今頃、僕は高校の友達と何度も会って遊んでいた。ずっと同じ人と会っていたから「またお前かよ」とすら思ったが、もうすぐ離れ離れになることを意識するとやっぱり会いたくなるのだった。そんな彼と何回もだべった駅前のドトールコーヒーは、今はもうない。

 今年の春は、ただただ穏やかで、のんびりしている。気まぐれに本棚を漁り、音楽雑誌や漫画をぺらぺらと捲って午後が過ぎていく。晴れた日には街へ出て、古着屋やツタヤに向かう。あまりにも平和だから、ずっとこれが続けばいいのにと思ってしまう。何気ない日々。だけどこの一瞬一瞬も、誰かにとっては新鮮で、ピンと緊張感が張りつめているんだろうと考えると不思議だ。去年の春、大学生になってすぐはどこか落ち着かず、吐き気にも似た緊張をずっと感じていた。そんなものをまた誰かが覚えるのだろうか。

 新しい環境は、真っ暗闇に似ている。何にも見えず、支えもない。不安でどうしようもなく、ただその闇を見つめるだけかもしれない。だけどさっき言ったとおり、じきに目は慣れ、闇もやさしく思えてくるに違いない。ただその日々を生きるだけで、新しい空気も着続けた服のようにまとうことができる。だから無理をしなくていい。高3の受験真っ只中なとき、数学の教師が「無理といってはいけない」と声高に言っていたのを聞いて、ちょっとしんどくなったのを思い出す。僕は、「みんな頑張ってるから」とか「逃げちゃいけない」とか言われるのがつらくて仕方ない。新しい日々や新しい環境には、どうしようもない困難が付きまとう。そんなとき、「無理」と言える余裕を持つこと、誰かに不安を打ち明ける余裕を持つこと、これはとっても大切だと思う。ほんとうにつらいときは逃げ出すこと。野田秀樹さんの脚本の中に「逃げると言えば響きは悪いが、逃げる者の方が追う者よりも必ず一歩先を走っているんだ」という言葉が出てくる。僕はこれをたびたび思い出しては抱きしめている。

 春の暖かな空気は雨になり、草花が育つための肥料になる。決して春は別れの季節ではない。