NIGHT SCRAPS

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お茶でもいかが?

 すてきな人とお茶の約束をした。ちょっとフシギな気分だ。僕の方からお誘いしたのだけど、まさか自分がこんなことする日が来るなんて思っていなかった。向こうは人気者で、恋人がいて、いろいろ忙しそうな人だ。ここ数日ずっと、その人と喫茶店で楽しくお茶してる図を頭の中で思い浮かべていたけど、そのたびに自分でかき消した。いやいや、まさか。あれは社交辞令で、優しい人だから言ってくれただけだよ。誰かさんが正論を振りかざして、僕も頷いた。

 ある日突然お酒が飲みたくなって、お気に入りのコートを羽織って涼しい夜の町へ出た。近所のドラッグストアで適当に選んで買って帰った。お風呂上りにプシュっと開けて、アーモンドチョコレートをつまみながらぐびぐび飲んだ。アルコールが全身にゆき渡った。ちょっと酔うことができた。今考えるとそのせいだと思うけれど、変な勇気が出たんだろう。みにくく肥大した欲望が指先でメッセージを打ち込んでいた。すぐに返信がきて、あれよあれよという間に約束が交わされてしまった。

 お茶に誘うというのは、僕にとっては難しいことだ。こちらがただ純粋な気持ちで誘っていたとしても、向こうがどう捉えるかはわからない。もしかしたら相手はこんなことを想像するかもしれない。コーヒーを啜りながら楽しく話していた僕が突然まじめな顔になって、「実はさ...」と重々しく話しはじめる場面。突如始まる面倒ごと。だけど世の中には、全然そんな気はないのに「今度あそぼうよ」と口にする人もいるから不思議だ。会おう会おうと言いながらその言葉の裏では「会うわけないよね?」と暗黙の了解を強いてくる。わからない。

 僕らが喫茶店で談笑する頃にはきっと、今より秋らしい気候になっているだろう。また新しい服でも買っておこうかな。こういうときってどんなこと話すかメモでも取ってから挑んだ方がいいのだろうか。...いや、そんなに力むようなことでもないか。僕は別にその人と恋仲になりたいわけじゃないんだし。だけどなぜか緊張している。冷たい風が吹いてるのに、頬とか耳は紅葉みたいに赤くなってたりして。


小沢健二 - 大人になれば