健やかなる

   いつの間にか、凝った料理を見ると「誰が作るんだろう」と思うようになってしまった。入念な下ごしらえ、丁寧な調理。そもそもこれだけの食材と調味料を用意するのにいくらかかっているんだろう。余計なことばかり気になって料理がおいしいのかはどうでもよくなっている。でも、凝った料理をする余裕のある人が日本にどれくらいいるのかは正直気になる。

   雑誌で見た、仲の良い人と一緒に料理を作ってそれらをつまみながら映画を観る、というのが頭から離れない。一人でただ自分のためだけに虚しくキッチンに立つより、効率も気分も上がる。しかもその中に写っていたフェットチーネカルボナーラがたまらなくおいしそうで、フォークがドレスを纏うようにくるくると巻き、口の中へ運ぶところを想像するとお腹が哀しく鳴った。僕と味覚や映画の趣向が合う人はいるのか分からないけれど、人生で一度はこういう経験がしたい。休日、友人を家に招く。この日のために汗水垂らして掃除した部屋。磨かれたキッチン。味覚の充足という一つの目的に向かっての協働。

   それにしても、健康ってなんだろう。煙草を何十年も吸い続けて元気な人だっているし、逆に身体を害する人もいる。僕は気管支が弱いから煙草は吸わない。どちらかといえば健康的な生活を送っているような気がする。それでもときどき食べたくなる。こってりとした、いかにも身体に悪そうなジャンキー・フード。アメリカの食産業の奴隷だ。いくらかの罪悪感と、抗えないおいしさを抱く。僕はその間、寿命だとかそういう概念を忘れる。あむあむするだけだ。

   僕らが本当の意味で健やかな生活を送るためには、たくさんの問題に立ち向かわなければならない。それはどんな手の込んだ料理よりもうんと面倒で、いくつもの手順を踏む必要がある。たくさんの人がテーブルを囲い、あれこれ喚き立てる中で、全員が納得する料理を作るような難しさ。でも、一つ一つ乗り越えていけばきっと見つかるはず。みんなと言葉を交わし、みんなを尊重し合い、一つ一つ探っていけば。テーブルをたくさんの食器で彩って、くちゃくちゃむにゃむにゃ言わせながら、映画でも観よう。『グッドナイト・ムーン』って映画、僕のおすすめだ。