NIGHT SCRAPS

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ろくでもなく僕ひとりで

 冷蔵庫が壊れたり低気圧で頭が痛かったり、考えれば考えるほど嫌なことばかり浮かんだり、散々な日々がつづいた。ベッドは僕の寝汗や涙、涎を染みこんで、消臭剤をかけないとダメになってしまった。それでも頭がずんずんと痺れるから、いろんな課題とか忘れてただ眠った。朝には、体内の毒素がだいぶ抜けきったみたいだった。

 世界がぐんと狭く感じられたときは、レイモンド・カーヴァーの詩集を捲る。‘‘長いあいだずっと僕は、もし選ぶことができたなら、いつも自堕落なほうの道を選んできた。あるいはただ、単に、簡単なほうの道を。高潔な道じゃなくて。困難な道じゃなくて’’(「ろくでもなく僕ひとりで」、『ウルトラマリン』より)。こういう言葉がぽんと置かれて、かなり落ち着く。この詩はもう少し長いけど、特にこの部分が好きだ。カーヴァーは時々こうやって、あっけらかんと語ってしまう。「ぶらぶらして暮らしたい」とか「だらだら」とか、題名からして最高。背筋がしゃんと伸びているときにこんなこと言われたら、もとの猫背に戻っちゃう。

 柔らかい日差しが布のように大きく揺れる午後。あちこちでまぶしい緑が踊っていた。僕は、大学のベンチで興味のある分厚い本を読んでいた。その横を人々が通り過ぎていく。あの人はもしかしたら過激な右派かもしれない。あの男の人はノンセクシャルで、彼女は厳格なベジタリアンかも。そんな可能性を膨らませてみると結構面白い。膨らませたからと言って何かが起こるわけではないけど、何も起こらないから楽しいことだってあるのだ。

 今日はスーパーで助六寿司を買って食べた。豆大福も。もちもちを口の中で咀嚼しながら、幸せだとささやかながら思った。美しい言葉を招き入れ、難しいことを考え、それらを全部美味しいごはんと一緒に呑み込む。晴れていれば草木が笑っている。雨が降れば銀色の町が泣いている。ただそれだけのこと。他のことはだいたいおまけだ。疲れた日にはカーヴァーの詩集を適当に開いて、でてきた詩を黙々と読めばいい。

 冷蔵庫が故障した日、仕方なく喫茶店でお昼を済ませた。ピザトーストを食べ、アイスカフェオレを飲んだ。隅っこの席で、『フットボールの社会史』という本を読みながら時間を過ごした。面白いですよ、この本。つい買っちゃった。こういう滋養にあふれた空間はそうそうないって分かってるから、ときどきこうやって訪れなきゃ。

Bonny

Bonny

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