NIGHT SCRAPS

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モリッシーとサッチャリズムについて

 モリッシーという歌手がいる。彼は1959年にイギリス北部の労働者階級の家庭に生まれ、1982年にザ・スミスというバンドを結成する。バンドはヒットし、85年に発売したアルバム『Meat Is Murder』はチャートで一位を獲得した。しかし、ギタリストであるジョニー・マーがバンドを脱退しそのままザ・スミスは解散。以降モリッシーはソロとして活動している。彼の人気を示すものとして、2006年にBBCが行った「生けるブリティッシュ・アイコン」の調査結果が挙げられる*1。なんと彼はポール・マッカートニーデヴィッド・ボウイなどを差し置いてミュージシャン部門で一位に選ばれたのだ。彼の人気はどこから来ているのだろうか。

 ザ・スミスが結成され、そして解散した時代、イギリスで政権を握っていたのはマーガレット・サッチャーだった。サッチャーが行った政策を挙げればきりがないので、労働者階級に影響の及ぼしたものに焦点を絞ると「炭鉱の閉鎖」「公共事業の民営化」「人員削減、工場閉鎖」などが挙げられる。こうした政策の結果なにが起こったかと言うと、多くの失業者が生まれたのである。サッチャー政権以前から不況の波を受けて失業者がいたことは確かだが、ザ・スミスが結成された1982年の失業者数は約270万人、ピークの1986年には約320万人の失業者数を記録した*2。当時のイギリスを支配していた「失業」という恐怖は、ザ・スミスが、またモリッシーが人々に支持されていく一つのきっかけになっていく。

 モリッシーは歌詞の中で食肉や教育など、様々な事柄を批判したが、サッチャー政権もその中に含まれる。‘‘Still Ill’’ではノスタルジアを感じさせる歌詞で今を嘆き、‘‘You've Got Everything Now’’では、何もかも失った自分とすべてを手にしている相手を対比させて憂いを表現した。モリッシーの歌詞に漂う暗さは、当時の労働者階級がどこかで感じていたものなのかもしれない。

 サッチャリズムは労働者階級のコミュニティも壊した。彼らのコミュニティではお互いに子供の面倒を見たり、お金を貸し借りをしたりといった相互協力が行われていた。それが失業によってどうなったのかは想像に難くない。一つの例を紹介したい。老夫婦とその娘夫婦が一緒に暮らしていたが、母親以外が全員失業してしまい、生活が苦しくなった老夫婦は泣く泣く娘夫婦に家を出て行ってもらう。もちろん縁が切れるわけではないが、失業によって無意味に分断される家族がいたことは確かだ。

 そもそも僕がモリッシーサッチャリズムについて調べたいと思ったのは、サッチャー政権のイギリスと今の日本が類似しているように感じたからだ。新自由主義的政策、大きくなる経済格差...。そしてどちらも長期政権だ。ちなみに言えば、サッチャーを支持していたのはほぼほぼ富裕層だったらしいが、日本ではどうなんだろう。とにかく、そういうものを相手に戦ってきたモリッシーの姿が妙に眩しく見えたのはたしかだ。

 モリッシーがどういう人物かを知るのに一番わかりやすいのが‘‘Interesting Drug’’だと思う。


Morrissey - Interesting Drug

 男子学生が4人登場する。一人は(たぶん)モリッシーの歌を聴いて身体を揺らしている。二人目は壁にマジックでSOME BAD PEOPLE ON THE RIGHTと書く。実際の歌詞は‘‘on the rise’’なので、「右」と変えた部分に意図があるのだろうと分かる。三人目はヒールを履いてNMEを読んでいる。モリッシー自身、ザ・スミス時代に女性もののブラウスを着てライブをしていた頃がある。たぶんこれは、「男らしさ」へのゆるやかな批判だろうと思う。そして四人目、革を使った服の写真を見て、そのために殺されたアザラシのことを想像し、写真を握り潰す。さらに不当解雇されたらしい女性とともに、モリッシーの依頼を受けてある場所へ向かう。実験用にラボで飼育されていたウサギたちを保護するために。

 モリッシーは常に「虐げられている側」に立っている。社会の下にいる側。そう一言で表現してもなかなか難しい。労働者は社会に虐げられている。その労働者社会の中でときに女性が虐げられる。しかしそもそも人間というものは動物を虐げている...。こういう禅問答のようなことが続く。しかもモリッシーは男性であり、人間だ。この矛盾もまた、モリッシーの魅力だと言えなくもない。人は何かに虐げられながら、一方で何かの犠牲の恩恵を受けている。

 先述の通り、彼は2006年のBBCの調査で名前が上がっている。ミュージシャン部門で一位と書いたけれど、実は総合でも二位に輝いている。どうしてサッチャー政権以降の2006年にモリッシーの名前が?それはとっても簡単な話だ。とっても。


Morrissey - There Is a Light That Never Goes Out (Live at the Hollywood Bowl)

*1:ブレイディみかこ(2017)『いまモリッシーを聴くということ』、Pヴァイン、pp.8-9

*2:櫻井幸男(2002)『現代イギリス経済と労働市場の変容-サッチャーからブレアまで-』、青木書店、p.119