忘れられないの

 町に吹く空気が少し変わってから、大学のベンチで本を読むのが楽しかった。それは時にはマッカラーズの『結婚式のメンバー』だったし、サリンジャーの『フラニーとズーイ』や、『ムーミン谷の仲間たち』だったときもあった。後半の二つは読み終わっていなくて、気分によって本を変えていたのだけど、パンを食べながらぶつぶつ読書している時間はとても優しかった。

 それでも今日そこにいってみれば、いろんなサークルが新入生の勧誘のために陣取っていて、僕は無言のまま図書館へと吸い寄せられた。図書館はとても静かだから、お腹が鳴れば「ぐう」という音がいつまでも宙を舞っている。それがすごく恥ずかしくて、お腹が弱い僕は長居ができない。だから、今はあんまり居場所がない感じだ。

 春の空気に触れながら、懐かしい曲をふと思い出して再生して、古ぼけた感触でしばらく遊ぶ。その感触に対する未練とか鬱陶しさは、「まだそんな思い出に浸ってるの?」と嗤われてもそれでも引き出されるもので、ある意味麻薬みたいなものだ。いったん忘れても(年越しにかこつけてチャラにしようとしても)、季節が一回りすればコイツがひょっこり顔を出す。一緒に入水自殺してやろうかと思うぐらいにしぶとく。

 元号が変わってみんながお祭りわっしょい大騒ぎしている間だって、大して変わりなく日々は巡っている。満員電車はずっと憂鬱で、雨の日は宅配ピザのドライバーが大変で、赤ん坊の声は真夜中の家に明かりを灯す。スピッツが好きだったあの子に、新曲を聴いたかラインしてみたいけれど、なんとなく先延ばしにしている。ずっと会っていない人とは、いったい何を話したらいいのかさえ分からなくなって、つまらない思い出話ぐらいしかできなくなる。そうやって知人がどんどん他人になっているのはつらいけど、仕方ないことなのかもしれない。

 みんなが新しい意識を持っているのを見ていると、僕もちょっと影響されてしまう。新しい日々。今は目隠しされた道を歩いているけれど、いつかふわふわの光が現れるだろうか。それまでの間、友達と無駄にした夜や、自分が綴ってきた言葉を再生しながら歩いていこうかな。

花の写真

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