懐かしいって感じ

 大学付近の家が壊され、更地になっていた。何度となく通ったその道で、家を見たこともあるはずだけど、どんな外観だったか想像しても全然浮かんでこない。「そこにあった」ことだけが確かで、それ以外はぼんやりしている。きっと違う雰囲気の家が建っても、なんとなくしっくりきてしまうんだろう。もしもその家が馴染みの場所だったとしても。

 家が建ち、崩れ、また新しい家が建つ。ある人にとっては何気なく、ある人にとっては切なく悲しい。そこには時の流れが脈々と続いていて、乱暴なくらいに先へ向かっている。

 懐かしいという感覚を、ここ最近よく感じている。昔のCMやEテレで放送していたアニメをネットで見かけるたび、あっという間に逆再生して、あの頃へループする。ただの映像でも懐かしさが加わると、独特の空気が生まれる。昔から好きだったアニメのオープニングなんかを観るだけで、胸が高鳴るドキドキが蘇る。でも結末を知ってしまった今は、そのドキドキに懐かしさが乗っかって、妙に切ない。これは何だ。

 時間が巻き戻らないんだということがひりひりと伝わってくるからだろうか。沈む夕日が物悲しいのと同じだろうか。そのどちらかも知れない。懐かしさによって、自分も歳を取ったんだと逆説的に教えられる。「これよく見ていたなあ」と口にすることは、ちょっとだけ淋しい。懐かしさで笑みがこぼれたり、肌をさっと風が吹き抜けたりすることも、やっぱり淋しい。母校を久しぶりに訪ねて、全然知らない先生や生徒の姿を認めたときの感覚に近い。

 だんだんと空気が暖かくなり、いろんな季節が芽吹き始める。合格者発表の文字や、慣れないスーツ姿、自分以外誰もいない部屋。生き生きとした鮮やかな「今」は、そのうち懐かしい時へと変わっていく。呆然としちゃうくらいあっという間に。そしてふと振り返ったときに、自分も生きたなあだとか、恥ずかしいことしたなあとか、複雑な感情が立ち上がってくる。忘れられ、封じ込められた景色が。

透明だった世界

透明だった世界

  • 秦 基博
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes