しあわせ

 将来イギリスに住みたいから英語を懸命に覚えている人がいて、本当にすごいなあと思う。「イギリスに住みたい」という願望を保ち続けているそのバイタリティを分けて欲しいし、英語力もちょっとばかり頂戴したい。英語を勉強していた頃があったけど、いつも「どうせ使わないし...」と三日ぐらいで諦めていた自分が恥ずかしい。

 スコットランドとかラオスに行ってみたいなあという気持ちも、言うだけで全部上っ面で、本当は行けるなんて思っていない。お父さんがパスポートを取る準備をしてくれているけど、使うことはあるのかな。分からない。そもそも、今いる場所に満足している自分がいて、足がなかなか動かない。木々が光に照らされたり、人が人にお礼を言ったり、たまには雨で全部流れたり。そういうのを目で見て、愛でて、一日一日と過ごすだけでなんとなく満ちていく。

 故郷を離れてこの町に来て、知り合いはほとんど出来ていない。それはちょっとだけ異邦人の気分に似ている。この町の静けさは異邦人には切なく聞こえるし、夕闇の郷愁は胸を裂く。自分の「距離感をわきまえない図々しさ」のせいで友達をほとんど無くしてしまったから、誰かと距離を取ることさえ怖くなって、一人の気楽さに収まっている。

 ご飯を炊いたり洗濯物の匂いを嗅いだり、ゴミ出しをしたり、季節を繰り返す。たとえ違う国に行ったとしても、ほとんどこの構造は変わらないんじゃないかな。生活の地味さやコミュニケーションのむつかしさ、生ごみの臭い。夏目漱石が「兎角この世は住みにくい...」云々と言ったように、どこへ行こうと一定の「住みにくさ」はあるんだろう。この国の「やだなあ」っていう部分と向き合いながら、きちんとあるはずのしあわせにも目を向ける。普段着のしあわせ。味噌汁みたいなしあわせ。

 最近はカレーをカレー粉で作るのにハマっている。カレールーのあの感じってどうやってつくれるんだろうと、いろんな味を足しながら工夫してる。まだルーには勝てない。でもその試行錯誤も十分楽しいんだ。

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