糸を垂らすだけさ

 必ず渡らないといけない信号が、やけに長い。だいたいの人が、車が来ないのを確かめてそれを無視する。さあっと、静かに消えていく。僕はなんとなくぼけっと立って、信号が青に変わるのを待つ。気づくと、曲が一つ終わっている。なんでこんなに長いんだろうと毎回不思議に思うけど、大した意味はないんだろう。この信号は、ただのほほんとしているだけだ。

 ふと、幼い頃家族と釣りに出かけたことを思い出した。せっかちな僕は、垂らした釣り糸を引っ張っては、家族に「そんなすぐに釣れるわけない」と笑われた。釣りはきっと、じっくり待つこと。ぼーっと、ただ糸に神経を乗せて、風に吹かれること。そんなことをまだ知らない僕は、信号を無視して渡る彼らとおんなじだった。でも面白いこともあって、僕の釣り糸にエイが食いついて、糸がぱちんと千切れた。すごいパワーだったなあと今でも思い出す。釣りがまたしたい。別に魚が反応しなくたって、風を読みながら遠くを眺めるだけでいい。ときには地球も釣りながら、一日を無駄にする。

 誰かに反応されるために安い餌をせっせとつけては放流してきたけど、水面はほとんど震えなかった。自分のだめな部分をわざわざ切り売りして人目を引こうとした。魚はまったく違う方向に流れては、僕とよく似た人の釣り針にかかった。なんであっちに行ったんだろうなあと不思議に思いながらずっと何かがかかるのを待っていたけど、そういうのに疲れた。

 ツイッターをやる前の自分はどんなだったろう。大きな黒い渦に飲み込まれるときがあっただろうか。今はもう分からないけれど、たぶん糸を垂らしているだけで十分だった。周りが聴いてなさそうな音楽を聴くのが幸せだったし、周りが知らない本を独りでこっそり読むことで満ち足りた。今はジャズを聴くのがいい心地だ。「あんまり聴いてる人がいないだろ」という酔いしれもあるけど、ゆったりとした余白の多さがいい。焦る必要も、眼を真っ赤にする必要もない。

 季節がまた一回りして、そろそろ二十歳になろうとしてる。その日に何をしようか、じっくり考えている。好きなお店でお酒を頼もうか、いや帰りはどうするつもりだ。じゃあいい肉でも買ってステーキにしようか。なんだかそれも淋しいなあ。とりあえず、そういうのをぐるぐる考えながら暮らす。今年もまた一人きりの誕生日だ。

Unhappy Birthday

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