夜が来るたびに…

 2018年の12月27日、午前10時発のバスに揺られながら、窓の外を見ていた。田舎の山を切り取って高速道路を造ったものだから、目に映るものは大して重要ではないし退屈でしかない。それでも、葉を落とした木の枝が肺血管に見えたり、重たいグレーの雲から時々光が差し、これが晴れ間というやつなのかと気づいたり、全く何もないという訳じゃない。道が急にガタガタし始め、ああ故郷に入ったんだと分かってしまう。それにしても、私たちの祖先はこの広大な山並みをのそのそと歩いて暮らしを拡げてきたんだと思うと、少し感慨深い。まあ要するに、約二時間のバス旅はそんなことを考えるぐらい暇なのだ。

 大晦日、そして年越しを一人で迎えるのはずいぶん物悲しい。だから帰省したのも理由の一つだ。だけど今回は、ちょっと大きな用事があった。気づくと成人式を迎える歳になっていた。このペースでいくと40代もかなりあっという間なのだろうな。はあ。

 いつもの年末。ストーブで餅を焼き、善哉を食べ、お雑煮でまた餅を食べる。どん兵衛の天ぷらそばをすすり、ガキ使で大笑い、紅白で歌を口ずさむ。そうしているうちに年が変わって、鐘の音が遠くから聞こえだす。ゴーン…ゴーン…。今回の帰省はあんまり長い日程じゃなく、10日ぐらいでまた一人暮らしに戻る。年末から年明け、とっても時間の流れが急で、ついこの間ガキ使で笑ってたのになあという気分になる。

 そして今日、成人式を済ませてきた。小学校の卒業式以来会っていなかった人もいたし、ツイッターでは話すけど会うのは久しぶりという人もいた。まあまあの人が僕のことを覚えてくれてて、懐かしいノリでぐだぐだお喋りできたから嬉しかった。小学六年生のときに担任をしてくれた先生もあの頃とお変わりなくて、なんだか嬉しかったなあ。懐かしい人と会うと、また別の会いたい人も思い出して、元気にしてるか気になる。懐かしさの連鎖はちょっぴり切ない気分にさせる。あのときスマホを持っていたらなあなんて考えるけれど、持っていなかったからこそ未だに思い続けているのかもしれないとも考える。

 夜が来て、そして明けるたびに、また一人に戻るのかと呆れる。一人の時間は好きだけど、嫌いだ。みんな、どうやって人脈を手にしてるんだろう。お母さんに聞いても答えは帰ってこなかった。はあ、突然話しかけられたアメリカ人と意気投合して、ご飯奢られたり服を買ってくれたり仕事を勧めてくれたりしないかな。しないよな。自分が想像しているよりも、ずいぶん日々は地味なのだ。

Keep Tryin'

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