花束と陰りと

 昔から暗いところが好きだった。木陰とか押し入れの中とか。日暮れても明りをつけずに本を読んでいたら、父が呆れて「目が悪くなるぞ」と言って立ち上がる、ということが度々あった。正直、薄暗いところで読んでいる方が落ち着けるのだけど。そういうじめじめしたところが性に合うから、日向を見るのは面白い。

 たくさんの受講者がいる授業では、ワーワーとやかましいときがある。一つ一つを聞き分けられればどういうものか理解できるのだろうけど、こう声が重なると、嵐が街を通り過ぎていくような轟音にしか思えない。しかも、耳が割れるんじゃないかと思うほど、かなり甲高い。耳元で芝刈り機が鳴っているような感じだ。僕はあんまり人前で大声を出せる性格じゃないから、「見て、見て」とばかりにお喋りができる人たちが少し羨ましい。

 そういう勇気がないからこの場所でワーワーと言っているわけだ(ネットがたびたび荒れるのもこんなのがうじゃうじゃといるからだろうな)。いや、お喋りする相手がいれば変わってくるとは思うけど、僕の文章を読んでくれる人がいて、逆にその人たちの文章を味わえるこの空間は結構好きだ。ライクもヘイトも、抒情的なものも叙事的なものも詰まっていて、開くときの楽しみがいつもある。

 最近買った本に、『いまモリッシーを聴くということ』がある。イギリスに住む、保育士でありコラムニストのブレイディみかこさんがモリッシーについて書いたものだ。もし今までモリッシーについてまとめた本が出されているとしたら、彼とイギリス社会に焦点を当てて書いたものはあったのだろうか。途中まで読んだ感触だと、なるほど彼がUKのアイコンとして愛されている理由が分かる。マジョリティの立場から、大きな力を皮肉り、批判する。今までジョニー・マーの作るメロディばかり注目していたけれど、ザ・スミスが人気になったのはモリッシーの強烈なキャラが起因していたわけだ。

 僕は彼の、敵を作ることをまったく恐れない強さが好きだ。肉を好んで食べる人や、サッチャリズム、そして数々のミュージシャンに痛烈な言葉を浴びせてきた。何もかもにヘイトするその姿勢をどこかかっこよく感じてしまう。「愛されたいけど愛されたくない」みたいな自己矛盾を何個を抱えて、それでもストレートに発言している。...とまあ、ここまで喋っておいてあれだけど、最近彼のことをあれこれ調べているのは、ゼミのレポートで彼を扱おうと思ったからだ。おそらく、彼と喋る機会があったとしても、仲良くなれるとは思えない。その陰はあまりにも深すぎて、自分の暗さが透けて見えるかもしれないから。

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William, It Was Really Nothing

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