贅沢な余韻、美しさ

 夜遅く、親が寝静まった暗い部屋で、僕は本を読んでいた。iPhoneのライトを巧みに使って、村上春樹の『スプートニクの恋人』を読んでいた。仰向けになり、腕を上げて本を持っていたので、すぐに二の腕あたりが痛んでいたけど、気にしなかった。天気予報やニュースで言われていた通り、とても強い風が窓を揺らし、マンションも揺らした。耳の中に、雨音と風の音が入り込んでくる。イヤホンをしてもよかったけれど、その激しさや荒々しさがそれを許さなかった。町全体が深く悲しんで、周りに当たり散らしているかのようだった。 

 『スプートニクの恋人』は、今夜までに200ページほど読み進めていた。ここまでに何日かかったろうか。でも、まだ100ページほど残っていた。僕はもともと、一度波になるまで読むのが非常に遅いたちだった。200ページを読めたのは、もちろん読みたいという気持ちもあったけど、半分は「読み進めなさい」という義務的な部分があった。しかし、だ。僕は最後の100ページをあっという間に済ませてしまった。腹を空かせた子供が、料理の一口目はゆっくりと、そのあとは激しい勢いで食べすすめていくみたいに。

 この本は、かなり昔に買って、何ページ目かで放棄したものだった。村上春樹の物語によく登場する性的なシーンだけを読んで終わったような気がする。ごめんなさい。でもその当時だったら、この話を理解できていなかったと思う。じゃあ今できたのかと聞かれたら、「たぶん」と答えるしかないけど、とにかくまだ早すぎた。

 小説を読み終え、ふっと贅沢な余韻に浸っていた。風がどっと吹いて、背中にかすかな揺れを感じたりしたけど、全然気にならなかった。そしてふと、小沢健二さんの「さよならなんて云えないよ」が聴きたくなった。なんだかこの小説にぴったりな気がしたから。とっても明るいメロディに、天使みたいなボーカル。その裏にある大きな喪失感や切なさが、今はありありと見える気がした。

 目を閉じて、眠ろうとする。でも眠れそうになかった。いつものように、妄想がふくらんでゆく。村上春樹さんに「ここがすばらしくて…」と説明する自分、小沢健二さんに「この曲のよさは…」と話し出す自分。これから絶対に起こるはずのない対話を、夢の中でする。そうして、可視化できない熱を、ゆっくりと言葉にしていった。これは少し前からずいぶんしてきたことだった。うーん、友達があんまりいなかったからかな。はあ、こうやって書いていたら、お腹がすいてきた。ラーメン食べたい。