NIGHT SCRAPS

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後まわしな僕ら

 掃除が苦手だ。ちょっとの汚れを放っておいて、それがだんだん積り積もっていく。この間もお風呂の掃除をしてかなり疲れた。スポンジで床や浴槽、扉の溝なんかを洗って、シャワーで流す。地味な作業だからこそじんわりと疲れも訪れて、「もっときれいに使っておけばよかった...」と思った。それでもこういう調子をいつまでも繰り返すのだと、心のどこかで分かっている。僕はなんでも後まわしにしがちだ。そしてそのツケを、渋い顔して夜遅くまで処理している。

 今日は今学期最後の試験だった。まだレポートが一つ残っているけれど、とりあえず一段落ついて、ほっと落ち着いている。市民社会論入門という講義のテストは、こんな感じだった。「「共同の利益に反する統治者は没落する」という考えについてあなたはどう思うか」。うーん、とても悩んだ。僕が書いた答えがどれくらい正しいのか分からないけれど、さらさらと記したいと思う。

 今の社会では、高齢者向けの政策ばかりが作られて、若者がその負担を背負っている。福祉も高齢者ばかりに向けられて、子どもを産んだり育てにくい環境になっている。高齢者とそれ以外の人びとの利益のバランスが偏っている。いずれ、というか多分もうすでに、労働人口が縮小し、日本の経済に悪影響を及ぼしている。ここで福祉を充実させたり、子どもが生まれやすい環境を整えればいいのに、彼らは外から労働力を雇おうとしている。うん、それのほうが安く済むのかもしれないし、便利だ。でも長い目で見てみると、今の高齢者層がいなくなったら日本は一体どうなるんだろう。アメリカみたいになるかもしれない。外国人へのヘイトが起こるだろう。やすやすと破滅してしまう危険を僕らは持っている。

 こういうときに思うのは、共同の利益が実現されないときの損失は、共同の利益のためのリスクよりも大きいはずだということだ。仕事を休んで家族と過ごせる時間を持てるようにすること。子供を持つ家庭への支援をすること。保育園や幼稚園で働く人への待遇をよくすること。そうしたことを後回しにして、目先の利益ばかりを計算している。アベノミクスから、いったい何年経ったろうか。もしこれから子供がたくさん生まれることがあったら、そちらが優先されるのだろうと思う。結局、どう転んでも僕らは後回しにされる。でも、後の世代がこれからの社会をよりよくできるのであれば、そのほうが絶対いい。

 今日は、ひたすらスピッツを聴いて静かに勇気を貰っていた。「グリーン」という曲は、草野さんのシャウトがまぶしく光る。歌詞も青々と萌ゆる緑のようで、胸が切なくなってくるのだ。 

グリーン

グリーン

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