夜のあむあむ

 図書館の五階から町を見下ろしている。数えきれないくらいの建物があり、それには当たり前のように屋根がある。黒色に灰色、ザクロのような色をしたものまである。屋根の色にこだわる人はいるのだろうか。どうせ、こうやって上から見ないと分かりやしないのに。見続けていたら、なんだかジオラマの中に溶け込んだような気分になってきた。静止したような町並みでも、人はせっせと動いている。雲は象のようにのしのしと、人は蟻のようにせかせかと。

 今は五時半。だんだんと夕方に移行するこの時間の空は、水色にクリーム色を混ぜた色。遠くに見える靴屋の看板は、静脈血みたいな鮮やかな赤色。あそこのマンションはクッキーの色。全部、光を浴びて存在している。ここから見える景色は、夜には違う顔をするだろう。昼には眠っていたものが、布団から目覚めて街へ繰り出し始める。そういえば、朝から顔を真っ赤にして千鳥足で歩くおじさんたちはいつも何をしているんだろう。テレビを見たり競馬のラジオ放送でも聞いているのかな。

 深夜に街を歩いたことがない。別に用もないし、少々怖いのも理由としてある。どうして夜は怖いのだろう。きっと、大昔から夜はある程度怖かったと思う。幽霊や妖怪が夜に出没し始めるというお話も、みんなの恐怖が作り出しているはずだ(本当に彼らが夜にだけ顔を出すのかもしれないけど)。でも世界中のあちこちで、夜にこそ現れるコミュニティがある。不良たち、社会からドロップアウトした者、いや、ごく普通の生活をしていながら満ち足りない人たち。夜に交わされる彼らの言葉や抱擁などを、僕は知らない。それは、僕が昼に生きているからだ。

 高校三年生のときにとある有名な方が講演をなさった。その人は僕らに「昼の世界に生きていることは素晴らしい、夜の世界に入ってしまったら元に戻るのは本当に難しい」と言った。「夜にピカピカ光っている店や街を、昼間に行ってみなさい、蜘蛛の巣だらけだし壁は汚いし、見ていられないよ」とも言っていた。その人はたくさんの夜を見てこられた人だから、かなり説得力があった。でも今考えてみたら、ごくごく自然な流れで夜にしか生きられなかった人や、夜にしか魂が輝かない人もいるかもしれない。夜だけ繋がる愛もあるし、夜だけ弾けるものもある。それはなぜだか不思議なチカラを持っていて、魅力的に映る。もちろん、今見ている景色も好きだけど。

 大人になったら、仲のいい誰かとお店を転々としながらお酒を飲んだり焼き鳥を食べたりしたい。そうして朝までうろうろして、始発の路面電車で手を繋ぎながら家路についてみたい、今はそんな気分。

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