匂い

 雨上がり、むわぁっとした湿気と、独特の匂いが立ち込める。雨の匂いには「ペリコロール」という名前があって、ギリシャ語で「石のエッセンス」を意味しているようだ。ペリコロールの匂いを嗅ぐと、湿ったアスファルトと顔を出した青空が頭の中に浮かんでくる。

 鼻の穴から入り込んできた空気で、町の景色に新しい側面が加わる。どんなにきれいな場所でも、臭いが最悪だとすべてが水の泡だ。逆に、すばらしい景観にすばらしい匂いが揃うと、一生忘れられない思い出になる。中学二年生のとき、修学旅行で九州を訪れたのだが、一日目の夜が最高だった。稲佐山観光ホテルの一室。窓を開けると洗い立てのような空気、そしてダイヤモンドみたいに光る長崎の夜景。街の灯りの一つ一つが粒だっていて、つい見とれてしまった。

 高校三年生のときに友達に「いい匂いだね」と言われてから、どんな匂いなんだろうと気になっている。なぜなら、その匂いは実家の匂い、つまり僕にとってはごくごく当たり前のものだから、どんなものか分からないのだ。どんな感じなの?と聞いてみても、あまりいい返答はもらえなくて、未だにふわっとしたイメージだけが残っている。ちなみに、その友達の匂いも好きだったのだけど、会わなくなってからはその子の声も顔もあんまりよく思い出せなくなって、匂いの記憶もどこかへ行ってしまった。

 実家で生活していたとき、ある晴れた日に母が布団を干した。太陽に暖められたぬくぬくの布団に横になると、ほのかにいい匂いがした。調べてみると、布団に付着した汗や脂肪、洗剤の成分が日の光によって分解されて放出されるものだそうで、あまりいい気はしないのだが、あたたかい布団に寝転がるのは未だに好きだ。

 大学をうろうろしていると、他の学生からときどきいい香りがする。どんな香水をつけているのだろう。というか、そもそもどこで買っているんだろう。そういうものと縁遠い暮らしをしてきた自分は、何も分からない。きっと、香水の匂いをいろいろ試していたら店員さんが来て「どんなものをお求めですか?」と言ってくるのだろう。苦手だ。みなさん、おすすめありませんかね。無難なやつでいいので...。

 個人的に一番好きなのが、NIVEAの匂いだ。松本大洋さんの漫画『Sunny』の中でNIVEAが出てきて、なんだか気になってシャンプーをそれに替えた。うん、とっても甘くミルキーな香り。NIVEAにしてからお風呂の時間が好きになった。肌もなめらかになるし、本当にありがたい。匂い。五感の一つだもんね。大事にしておきたい。