NIGHT SCRAPS

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言の葉

 本を開く。上から下へ落ちてゆく言葉は、なんだか雨のようだと思う。規則的に、まじめに流れてゆく雨。下まで行ったら、もう一度上へと帰ってゆく。ページを捲る。そうしてページが最後まで行くと、長い雨季が終わる。雨で湿った頭の中もある程度経つと乾いて、その気になればまた雨を浴びに本屋へと向かう。これはあくまでも、比喩のお話。けれども、言葉の雨はうつくしい。

 大好きな作品に、新海誠監督の『言の葉の庭』がある。一時間にも満たない長さだけど、アニメーションや物語の良さを味わうには充分足りてしまう。主人公は、靴職人を目指す高校生タカオ。彼は、雨が降った日は一限目の授業をさぼる。そして庭園を訪れて靴のデザインを考えるのだが、とある雨の日、昼間からお酒を飲む女性ユキノに出会う。それからというもの、雨の日のふたりの交流は深まっていく...。

 いったいどこまで説明すればいいのか分からないけど、とてもうつくしい恋愛物語だと思う。ちょうどこの時期、雨がざあざあと降るころにはふと思い出して見返したくなる。個人的には、大好きな声優さん(入野自由さんや花澤香菜さん)が演じられているのも嬉しい。この作品の持つ切なさや恋しさ、日常の中で生まれる強い愛がたまらなく好きだ。

 ユキノは高校で古文を教えていたのだが、とあることをきっかけに学校へ行けなくなり、摂食障害を患ってしまうのだが、その「古文」が物語で大きな役割を果たしてゆく。言葉が二人の愛を深めるきっかけになる、というのがとてもぎゅっと来る。シュリンクの小説『朗読者』でも、主人公の読み聞かせが物語の核になっている。相手の声で発せられた言の葉が、胸の中で募って、だんだんと恋に形を変えていく。それが雨の情景と相まって、ずいぶんきらきらと光って見える。

 ときどき、日本語を話せてよかったと思う瞬間がある。小沢健二さんやスピッツを聴いたり、夏目漱石森見登美彦さんの小説を読んでいるとき。友達と電話をしているとき。涙を「身を知る雨」と表現したり、‘‘I LOVE YOU‘‘を「月がきれい」だと訳してみたり。先人たちの感受性というか、表現の奥深さを知るとき、日本語を理解できる人間でよかったと思う。『言の葉の庭』を観て感じる風景は、この中にある。秦基博さんが歌う「Rain」も最高のタイミングで流れてきて、物語はきれいな晴れ間を見せてくれる。どうして日本の本は上から下へ流れていくんだろう。うん、だからこそ僕は言葉を雨に例えられたのだけど。


秦 基博 / 「言ノ葉」Music Video -Makoto Shinkai / Director's Cut