好き part.2

 昨日、友達にラインをしてみた。なんていうか、話したい!という気持ちが大きく働いたんだと思う。その子は兵庫に住んでいる高校三年生で、たぶんこの文章も読んでいる。このくだらないブログをきっかけとして仲良くなれたのだから、人間関係ってどういう風にできていくか予想できない。たぶん、だからこそ楽しいんだろう。お互いに「好き」だという気持ちを共有していることも素敵で、ここ最近生きていて楽しい。

 人と人の繋がりって、ほんとに多様ですよね。好きな音楽で知り合う人もいれば、「あの人嫌い」っていう共通意識で結ばれる仲もある。でも、「嫌い」で繋がる仲って結構息苦しいものだと思う。だって、もしも片方が「嫌い」じゃなくなったら、二人を結んでいた糸はするりとほどけてしまうのだから。だから、どうしてもお互いに仲良くしていたいのならば、「嫌い」でい続けなきゃならない。ずっと誰かのことをばかにして、悪口を言わなきゃならない。そんなの、面倒だな。ネットで悪口を書き連ねる人も、きっと「人と繋がりたい」とか、「それ、めっちゃわかります」という共感を求めているんじゃないか。人に興味のない人って、そもそも他人の悪口を言わない気がするし。

 僕個人の話をさせてもらうと、高二のときにラインのグループ(僕を含めて四人)ができたのだが、そこでもやっぱり盛り上がるのは他人の悪口だった。「あの人、こういうところが素敵だよね」という話よりも、「あの人のここ変じゃない?」という話の方が簡単で、そして痛快だ。でも、僕はもうこのグループを退会してしまった。高校を卒業してしまうと、残るのは小粒くらいの人数で、でもこれくらいが一番気楽なのだ。

 何度もここに書いたことだけど、ポジティブなことを言葉にするのはかなり難しいことだ。だから、「好き」というメッセージを伝えられる人を僕は大事にしたい。正直に言ってしまうと、僕はその友達の欠点を見つけることができない。いろいろと他人に言われてきたようだけど、僕にはわからない。もしかすると、僕に嫌われるのが怖くて本性を見せていないのかもしれないけど、どうなんだろう。

 手塚治虫は、円が一番美しい形だと言った(と思う)。好きで結ばれる円も、なかなか美しいのではないか。そして、円の縁にいた人が新しい輪を描き、そうしてたくさんの輪が連鎖的に描かれたらいいなあ。とりあえず、僕は好きなものを好きだと言おう。あ、自分ではいまいちだなあと思ったものでも、誰かが好きだと言っていたらなんとなく良いものに思えてきて、結果すごく好きになることって、ありますよね。僕は何回もあるから、好きの力は偉大だと思うんです。