NIGHT SCRAPS

life, solitude, words

クラシック

 何もない日だと思っていた。夏の残り香がする、湿っていて暑い日。病院で薬をもらってから、微かに汗をかきながらだらだら歩いていた。頭上には、不気味なくらい大きな雨雲。黒々としたそれが町に蓋をしていた。道の途中で出会ったモコモコ毛並の猫は、縄張り争いかなにかで深く傷ついていたけれど、痛みを忘れて呑気に昼寝を始めた。図書館で資料を借りて、またリュックサックが重くなった。

 雨雲の向こうから夕方の光が差してくる一方で、ぽつぽつと小雨が降る。傘をさすほどの雨じゃなかった。僕はスーパーで買い物を済ませ、家路を急いだ。またあの野良猫がいたらいいなと思って、来た道をたどった。しかし、もちろん、そこに姿はない。傷ついたからだを今はどこで休ませているんだろう。なんとなく、スピッツの「みなと」の歌詞を思い出していた。汚れてる野良猫にもいつしか優しくなるユニバース。

 相合傘をしている二人とすれ違った。狭い道、もう雨の気配はなかった。恋仲なのか、ただの幼なじみなのか、とにかく男子学生と女子学生。彼がさす傘の下に、何とも言えないもどかしい季節が息づいている気がした。どちらかが傘を忘れたから相合傘をしているんだろうと思っていたけれど、彼女も傘を持っているからそれは違うと知った。もしかしたら、狭い道の邪魔になるからそうしたのかもしれない。とにかく、心に羽が生えそうな浮ついた気持ちをこっそりと抱いた。

 何もない日だと思っていた。実際何もなかったけれど、それもいいなと思う。町のお医者さんと交わす言葉、遠くの人に届けるメッセージ。本の中に眠る僕の知らない歴史。

 落ち葉焚きのような黄昏の明るさと、雨雲のダークグレー。それらが不穏に混ざり合う中で、淡々とひとときが過ぎる。光も風も、そして雲も、二度と同じものは来ない。だけど明日もまた、似たような姿で町に訪れる。そういうクラシックなものに触れると、複雑なことを言おうとか、難しいことを考えようとか思えなくなってしまう。帰ると洗濯をして、サバの味噌煮とほうれん草の白和えを作って食べた。さっさとお風呂に入ると、あの野良猫みたいに布団に横になった。愛おしく繰り返されるすべて。離れては、また出会う。