NIGHT SCRAPS

今 https://note.com/star_gazer_

メロディと言の葉

 君がどうだったかはわからないけど、僕には詩を書いていた頃がある。詩と言っても歌詞だ。ほとんど韻は踏んでいないし、読み返すと恥ずかしさで熱を感じてしまう。家族には一つも見せたことがない。当時付き合っていた人には見せていた(送りつけていた、の方が正しいかもしれない)けど。見せる人がいたから続いていたのか、と考えてみると、やめてしまった理由もはっきりしてしまう。

 歌詞を書く楽しさは、メロディに沿って言葉を嵌めていくことだった。とはいえ僕は楽器もできないし音符も分からないから、自分の好きな歌のメロディに言葉を配置することがほとんどだった。パズルを完成させるように言葉を思案する。少ない言葉で何かを表現するのが楽しかった。そして、歌詞の世界の中ではいくらでも姿を変えることができた(ストーカーにも連続殺人魔にもくたびれたサラリーマンにも)。自分の愚劣な、醜悪な部分もフィクションならさらけ出せるような気がして、虚構の有難さをたくさん味わった。

 何かのタイミングでふとノートを捲って、思い出がひらひらと羽ばたくのを見る。懐かしいものは、読んでいると自然にメロディが浮かんでくる。唇がかすかに動く。何度も何度もあの頃の自分がそうやって口ずさみ、言葉を削り取って張り直してなんとか形にしたものだ。最初の方はただの真似事だったのに。ずうっと単語を頭の中で転がして、それをどう結んでいけばうまくまとまるか、時間を費やして考えた。まだしあわせな頃だったのに、離れていくことを思って暗すぎる詞を書いていた。こんな感じだ。

 削られて 削られて 迫ってる 暗がりが白く塗りつぶされる 朝が来る

 凪が来る 嵐のあとで 午後には日が射した 闇が垂れ 待ちぼうけの気持ち もういいかなって想う

 先の見えない状況で、いろんなことを歌詞に変えて喋っていたのかもしれない。自分の心の声が形になって、それにメロディが乗っかって。口ずさめるぐらいの軽さで、ものすごくぞっとする感情が伝う。いろんなことを忘れ、都合のいいことだけ信じている今では、詩だけが本当の代弁者だ。少ない言葉たちが、肉体を連れて語り始める。僕はそれに耳を傾ける。闇が垂れ、朝が来るまで。

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