NIGHT SCRAPS

夜をつらつら書き連ねるブログ

猫なのだ

 年が明けた。別段大きな変化はないにせよ、心なしか色々なことがリセットされた気分になる。それはちょっと切ないけれど、鬱積していたことが新しい風に吹かれてどこかへ飛んで行くのに似て、清々しい。多分僕は、年明けが一番社会性があったり明るかったりして、年末に向けてだんだん暗くなっていくのだと思う。仕方ない。

 それにしても、猫。そいつは干支に入らなくてもソロとして十分に活躍できる憎いやつだ。彼らを町で、路地で、そして日向で見かける度に、心が踊る。無邪気さに駆られて彼らの元へダッシュしたくなるし、そろりそろりと彼らの目線に合わせてじっくり近づきたくもなる。でもいつも逃げられて、少し淋しい気持ちを味わうのだ。

 ただ、とある神社にいた猫たちだけは、僕に擦り寄って下さり、ぼてっとしたお腹を触らせてくれた。あたたかなお腹を撫でていると、自然と笑みがこぼれた。可愛い。道理で人に好かれるはずだと実感しながら、彼らを人に置き換えてみたくなった。

 すぐ他人と仲良くなれる人と、時間が必要な人。仲間と協力することが好きな人と、苦手な人。喧嘩しやすい人と、穏やかな人。人間は複雑だし、「一人がいい時もあるし、淋しいときもある」という面倒な場合も想像できる。きっと猫の社会でも、同じようなことが起こっているのだろうな。

 猫田さんは町内の人気者で、猫山さんは猫見知り。猫杉さんは腕っぷしで全てを決めたがり、猫野さんはゴタゴタが面倒であんまり彼らと関わろうとしない。「なんだかよく似た顔だ」と声をかけてみても、喋ってみたらすごい苦手な猫かもしれない。すると向こうから勝手な因縁をつけられて、したくもない喧嘩で体を傷つけるかもしれない。あー、猫もむつかしい。

 それでも僕が猫に憧れてしまうのは、甘えたいときは存分に甘えるけど、そのとき以外は素っ気なくしているからだ。完全に依存しているわけじゃなく、彼らなりに距離や間合いを取っているところに、賢さを感じる。依存しない関係の楽さを、彼らは理解しているのだろうか。それを確かめるためにも、一度猫になって夜中の会議に参加したい。「あれ、あなた見かけたことないですね」「あっ、最近引っ越してきた猫崎です」。

 今年もだらだらと書いていきますが、どうぞ宜しくお願いします。