NIGHT SCRAPS

夜をつらつら書き連ねるブログ

君への手紙

 この記事が投稿されている頃には、僕は実家に帰省していると思う。朝起きれるかという不安を残しつつ、今まで何とかなってきたから大丈夫という謎の自信を感じている。旅立つ前のそわそわ感はバスがやってくる少し前にやってきて、調子が優れないときには吐き気に変わっていく。ずうっと揺られて、サービスエリアで降りる以外いっさいの自由を奪われる。隣の席に誰も座らないと有難いけど、誰かがいるとやっぱり気になって仕方ない。

 僕はいつもパソコンでブログを書いているから、Wi-Fiの通じていない実家では書く気が起こらない。それに、ほぼ毎日書いてきたから、一か月ぐらい休むのもいいだろうと思ったのだ。好きだからこれをやっているのは確かだけど、これから解放されて景色をただの景色として見る時間も欲しくなった。何にも考えず町を歩いて、ただただ好き勝手に音楽を聴いたり本を読んだり。アウトプットの次は、インプットだ。

 いや、もともとこんなに長く続けるつもりはなかったし、今も気まぐれでしている。とある友達が「良いね」と言ってくれて、その喜びの余韻で続けているようなものだ。たぶん帰省しても秋が来て寒い季節になっても、ツイッターで見かけたり会話したりするんだろうけど、なんだか夏休みが一つの区切りのように感じる。友達は今年、結構大変な一年になるんだろうなと思うけれど、それを眺めるぐらいしかできないのが苦痛でもあり、気楽でもある。正直言って、僕が友達の親だったらかなりひやひやするだろう。でも僕はただの友達でしかないから、望むことは元気でいてほしいなぐらいしかない。それに、大学に行かない人生がどんなものか知らない。

 僕と友達は、よく似ている。さまざまなことが被っているけれど、それはきっと精神がよく似ているということに帰結するように思う。お互い気まぐれで、さみしくて、どこかぽかんとしている。ぎゅうっと押されるとぴしゃんと弾ける水ヨーヨーみたいに、割とナイーブなところがある。同じような部分が重なるから、いろいろと感じるところも多い。人づきあいが苦手な二人が、「人づきあいが苦手」というところで結びついているのは面白いなと思う。

 友達の将来について、心配することはない。それは僕が他人だからだけど、なんとかなるだろうという楽観的な性格からそう考えているところもある。意外となんとかなっている(そう思っているだけで実はなんとかなるように誰かが苦労しているのかもしれないけど)ことが多いけど、やっぱりどうしようもないこともあるから、そのときは目をつむって、好きな世界を想像してもいい。多少誰かに迷惑をかけたって、許してもらえるならしてもいい(気がする)。

 どこかで会えるなら、いつか会いたいね。くだらない書き出しから始まった手紙は、いつ終わるのか分からないけど、できるだけくだらない文を延々と書き続けたいなあと思う。じゃ、また今度ね。


小沢健二 - ぼくらが旅に出る理由(Single Edit)