NIGHT SCRAPS

夜をつらつら書き連ねるブログ

みんなって誰だ!

 大学生になって二年目だけど、帰省するとなぜか大学受験の話になってしまう。「いやあ、たくさん落ちたらしいよ」「もしあの大学を受験してたらどうなってたんだろうね」とか、ついこの間のことのように話し合う。故郷の大学を選んでいたら(そっちは記述式のテストでした)いろいろ違ってたろうなあ。でも一人暮らしを選んで、故郷を離れたのは間違いではないように思う。それは、前に話したかな。

 高校三年生の人の何人かはわかるかもだけど、模試ばっかりじゃないですか。ほとんど毎週模試があって、でも月曜は休みにならなくって「なんでやねん」と思ってた。しかもだんだん終わる時間が遅くなって、あー真っ暗になっちゃったと空を見て自己採点して先生に見てもらって、「僕って馬鹿だなあ」と思いながら暗ーい道を帰って...ってほとんど苦労自慢になっちゃったな。こんなに語っておいてあれですけど、「俺も昔はこんなにがんばったんだからさ、お前も頑張れよ」って言うおっさんにはなりたくはないなあ。

 なんでかというと、頑張らなきゃって思うのがいやだから。今ならわかるけど、模試って単に会社が稼ぎたいだけでしょ。そのせいで土曜を潰されてたんだからどうしようもない。でもみんながやるんだったら、僕もやらないといけないと思う。そういう「みんながやってるから」「自分だけやらないのはみんなに迷惑だ」というあの空気は改めて考えたらとっても変だった。それって大人の社会にもあると思う。「みんな残業してるから僕も...」とか。きっとそういう風にして、ほんとはしなくてもよいことも「なんでかはしらないけどやらないといけない」みたいになって、社会全体がしんどくなっているんじゃないかな。全然関係ない話だけど、着物が敷居が高いのって誰かが「着物はこうでなければならない」って考えてるのが広まって、前は普段着だったものがどんどん着づらいものになってしまった。きっとそういうもので、誰かの「こうしなきゃ」が集団の中で常識化してしまって、いろんな物事のハードルが上がってる気がする。

 集団ってのに違和感を抱いたのは、学校のテストの番数についていろいろ思い始めてからだ。あれって、一つの学校の、一つの学年の中でどれだけ賢いかって話でしょ?それだけでクラスに上下関係ができ始めるけど、もっと広い目線から見たら、案外そんなに差はない。でもクラスの中だといかにも自分が馬鹿であの人は賢そうに見える。狭い世界のあれこれで自分を悲観したり苦労するのはちょっとばかばかしいなと思いました。

 「模試ぐらい休んでいいんだよ!」って、なかなか大声で言うには勇気が必要ですけど、ほとんどそう考えてます。充分休んでから行こう~、いちいち道草していこう~。以上!