NIGHT SCRAPS

夜をつらつら書き連ねるブログ

ちょっとずつ変わっている

 つい先日、学校からの帰り道、道端に寝そべっている小学生がいた。きっと誰かを待っている子がいるのかと思ったけれど、目を凝らしてもそれらしき影はまったく見えない。ということは、この子は「ただ」寝そべっているのだ。話しかけることはどうしてもできなかったけれど、振り返ってもその子はじっとそのままでいて、僕はにやにやして家路についた。そして今日、大学へ向かう途中、用水路のようなところがあって、そこに小学二年生くらいの男の子が罠(入ったら出られない仕掛け)、ちょっとちぎったフランスパンなどを持ってそこにいた。たぶん生物はいないし、水深も全然ないので、罠を仕掛けてもあんまり意味もない気がする。それでも、その子が何かしらの生き物を取りたくて罠を持ってここまで来たのかを想像すると、やっぱりにこにこしてしまう。僕とその少年の横を、スポーツ少年らしき子たちが自転車で駆け抜けていった。

 小学生の頃の僕は、それほど活発ではなかった。ずっと一人で遊んでいたし、今思い返すと一番むなしかったのはポケモンカードを一人でやっていたことだ。なんで二人でするものを一人でしていたんだろ...。このことを思い出すたびに、友達ほとんどいなかったなあというのをじんわり実感するのだ。普段、学校でほとんど話さないので、運動会なんかでテンション上がって喋りだすと「そんなキャラだったっけ?」と言われた。テレビのドッキリ企画を見ると、町のどこかにカメラがあるんじゃないかってちらちら気になったりした。たぶん、ちょっと変な子だったように思う。そしてこの「変さ」は、年を重ねるごとに強まっているような気がする。自分がおかしいと気が付かないほどのおかしさ、自分がまともだと思っていることのおかしさ、みたいなものかなぁ。

 今日ほんとうは図書館に行こうとしていたんだけど閉まっていて、近くのベンチで本を読んでいたら、ふと辺りを見ると驚くほどの大学生が集まっている。何かイベントがある訳ではないのに。しばらくして誰かがそこを離れると、他の人たちも続々と移動し始めた。僕はこんな、何十人にも束になって行動するのが苦手だ。「集団意識」とか「団結力」とかいう言葉が苦手で、たぶん周りの人からすると僕は変人だろう。うーん、誰かと一緒じゃないと何にもできないってのも、一つのおかしさである気がするし、面白い。大人っていうのは、たぶん、子どもの頃から育ってきたおかしさの形じゃないかと思う。お互いのおかしさを「ばかだなあ」と笑えたらいいなあとも思う。

 将来してみたい変なことは、仕事から帰ってきてスーツのままお風呂に浸かる、ってことです。社会的に病んだらやってみたいです。