NIGHT SCRAPS

life, solitude, words

嘘を愛するとき

 この春から、ゼミが始まる。僕は文学部チックなゼミを選択し、一学期はシェイクスピアの『リア王』を原文で読んでいく。うむ。春休みのあいだに翻訳版を読んでみたけど、結構苦戦した。ゼミ選択の前に先生とお話しする機会を作っていただき、あれこれと質問させてもらった。「なぜこの小説を選んだんですか?」。先生は少し考えた後で、この物語は現代の介護問題と深く関係していると思うんです、とおっしゃった。読んでみてそんな関連性はほとんど感じなかったけれど、先生のそのお言葉は聞いていてとても好きになった。

 小説というのは、ある意味「嘘」だ。SFなんか、今の時代から遠くかけ離れた大嘘だ。しかしその嘘を、僕らは愛している。

 ジョージ・オーウェルの小説に『動物農場』がある。ざっくりと説明すると、一致団結し農場主を追い出した動物たちは、すべての動物は平等であるという理想をこめた「動物農場」を設立する。戒律を定め、それぞれの知恵を振り絞り農場を開拓していく。しかし一番知力に優れたブタが指導者になってからは農場が不安定になり...という感じ。大人のためのおとぎ話として書かれていて、短いし読み進めていったらあっという間だと思う。

 オーウェルがこれを書いたきっかけには、むつかしい政治的背景がある。要は、この小説は政治批判のために書かれたのだ。しかし、僕はこれを読んでその当時の政治になんてまったく興味をもたなかったし、むしろ今、たった今の政治のことしか考えなかった。今の政治家も北朝鮮とか恐怖の存在を作って国民を統一させようとさせてるなあ、とか、言語の統制が起こったときは危険だ、とか。『動物農場』は非常に巧みで、たとえば欲深いブタはあらゆる権力者を表す比喩になっている。そして皮肉として作用する。ドキュメンタリーとかじゃなくおとぎ話として完成させたのがすごい。おとぎ話だからこそずっと読みやすくて、その分オチが恐ろしい。

 でも、こうやって説明するのはあんまりよくないなあと思う。小説はいろんな解釈ができるのがいいんだろうから。説明なんかされちゃ、それこそ小説の意味なんてなくなっちゃう。僕も授業の中で、この小説を読んだ第一印象を聞いていて楽しくなった。ほんと人それぞれ。正解を導くのではなく、どのように考えたのか自由に言えるのも有難かった。

 大学生になって思ったことだけど、一つの学びが他の学びに繋がっていくことはとても気持ちいい。高校までの、ただ知識を詰め込む日々とは違う。春休みが明け、シェイクスピアの『リア王』を学んでいくが、まったく関係ない他の学びに影響されるかもしれないと考えると、結構楽しい。嘘から開ける世界はまだまだ未知だ。