NIGHT SCRAPS

life, solitude, words

蝶々

 蝶々結びがほどけて立ち止まる。靴紐が長いせいか、どれだけ強く結んだつもりでもすぐにほどけてしまう。しゃがみこむと、コンクリートを渡るアリと目が合う。そしてまた歩きはじめる。

 春や秋の風が好きだ。散歩する犬も日向ぼっこする猫も、それから洗濯物もそう感じているはずだ。半袖と長袖、どちらを着たらいいのかときどき困っちゃうけれど、そうやって迷っている時間もまた愛おしかったりする。午後、風に吹かれながらスーパーまで歩く。町に架かった五線譜。路面電車が生活を鳴らして走っていく。蜜柑色の光がのろのろと帰る人たちを照らす。一日の中でいちばん美しい時間。僕もまた買い物袋片手に家へと急ぐ。

 昨夜寝る前に飲んだ缶チューハイのせいか、微かに頭が痛いし、吐き気らしきものも感じる。調子に乗るとこうなる。こんなざまで難しいことを考えると、すぐに気持ち悪くなる。あんまり元気な歌を聞いても疲れてしまう。お味噌汁を作っているときに「生きろ」なんて言われても、にんじんに火が通るにはそれなりに待たないといけないのだ。やわらかくなったキャベツを頬張って、ほうれん草のおひたしもよく噛んで。最後はねこまんまで全部流し込んでしまおう。それから少しずつ、カーテンの向こうの夜のことを考える。

 どれだけきつく結んだつもりでも、やっぱりいつかはほどけてしまう。「生きよう」と固く誓っても、突然それはやって来てしまう。だからまあちょっとずつ、楽しみをポケットに詰めこみながら暮らしていけたらいい。少しも頑張らず、向上心なんか笑って。春や秋の空気のように、平熱を保っていよう。そういえば今日、気になっているカフェの前に黒猫を見つけた。きっと看板猫だろう。僕のことを認めると警戒態勢になって、じっとこちらを見ていたけれど、きれいな毛並をしていた。きっと猫はそのお店のまかないを頂きながら暮らすのだろう。何の不安もなく、何の目標も抱かずに生きていける。愛おしい歌のように。

 町に出ると、蝶か蛾か分からない、羽の模様が派手な生き物を見つける。もしも君が蛾だとしても、嘘を信じてキレイだって言ってみる。そして花の場所までふわふわ飛んでいくのを目で追う。気持ちいい風が吹く。

恋しくて

 甘美なまどろみに似た時間。そのぼんやりとした気配の中で、いくつかの思い出を拾い集めることができる。スマホのフォルダからすべて消えても、今のところはまだ、油よごれみたいにしぶとく残っている。春へと移り変わる前の、頬を突く冷たい風。駅前で待ち合わせて何をするでもなく過ごした日々。行き交う人をときどき目で追いながら、僕のオチのない話に耳を傾けてくれたやさしさ。

 君とよく行ったあのデパート、来年閉店するらしい。仕方ないことだし、心のどこかではどうでもいいって思ってる。人と同じように、町も新陳代謝をくり返して健やかであり続けるから。だけど、僕の手垢まみれの景色がそうやって簡単に過ぎ去っていくことにうろたえもした。一人きりの部屋で、ちょっとだけ時空を超えた。水彩画のなかを泳ぐ幽霊のように。つま先に力を入れて、次から次へ季節を飛ぶ。愛おしいこともばからしいことも同じことだって気づく。そして最後には、自分の部屋に着地する。

 君の言葉の一つ一つが僕の心を弾ませ、わざと触れた肩と肩が恋しさを募らせた。日曜日の朝のささやかな魔法ができるだけ持続することを願った。町を出てしばらくは、そんなことのすべてが栞となって、大事な記憶に挟まっていた。夜になればすぐ開いて読みふけった。暗闇に目が慣れて、天井や壁がうっすら見えてくるまで。

 今まで大切にしていたものが遠ざかっていくときのさみしさは、たぶんこれからも出会うだろう。君とそばにいたときの熱が名残って、やりきれない夜に侵される。だって今でも思い出しちゃう。3月のとある日の夕方に君と交わした抱擁。微笑を浮かべて一緒に歩いた帰り道。そういう記憶に呑み込まれると、もう人を(嫌になるくらい)知ることなどやめようと思う。だけど新陳代謝はつづく。また新しい恋しさへと、情けなくても歩みを進めなきゃいけない。ときどき思い出話をみっともなく語りながら。

 甘美なまどろみに似た時間。そのぼんやりとした気配の中に、君がいる。もう出会うはずのない人。だけど君としか交わせなかったいろいろは、今も栞になって生きている。

お茶でもいかが?

 すてきな人とお茶の約束をした。ちょっとフシギな気分だ。僕の方からお誘いしたのだけど、まさか自分がこんなことする日が来るなんて思っていなかった。向こうは人気者で、恋人がいて、いろいろ忙しそうな人だ。ここ数日ずっと、その人と喫茶店で楽しくお茶してる図を頭の中で思い浮かべていたけど、そのたびに自分でかき消した。いやいや、まさか。あれは社交辞令で、優しい人だから言ってくれただけだよ。誰かさんが正論を振りかざして、僕も頷いた。

 ある日突然お酒が飲みたくなって、お気に入りのコートを羽織って涼しい夜の町へ出た。近所のドラッグストアで適当に選んで買って帰った。お風呂上りにプシュっと開けて、アーモンドチョコレートをつまみながらぐびぐび飲んだ。アルコールが全身にゆき渡った。ちょっと酔うことができた。今考えるとそのせいだと思うけれど、変な勇気が出たんだろう。みにくく肥大した欲望が指先でメッセージを打ち込んでいた。すぐに返信がきて、あれよあれよという間に約束が交わされてしまった。

 お茶に誘うというのは、僕にとっては難しいことだ。こちらがただ純粋な気持ちで誘っていたとしても、向こうがどう捉えるかはわからない。もしかしたら相手はこんなことを想像するかもしれない。コーヒーを啜りながら楽しく話していた僕が突然まじめな顔になって、「実はさ...」と重々しく話しはじめる場面。突如始まる面倒ごと。だけど世の中には、全然そんな気はないのに「今度あそぼうよ」と口にする人もいるから不思議だ。会おう会おうと言いながらその言葉の裏では「会うわけないよね?」と暗黙の了解を強いてくる。わからない。

 僕らが喫茶店で談笑する頃にはきっと、今より秋らしい気候になっているだろう。また新しい服でも買っておこうかな。こういうときってどんなこと話すかメモでも取ってから挑んだ方がいいのだろうか。...いや、そんなに力むようなことでもないか。僕は別にその人と恋仲になりたいわけじゃないんだし。だけどなぜか緊張している。冷たい風が吹いてるのに、頬とか耳は紅葉みたいに赤くなってたりして。


小沢健二 - 大人になれば

まとめ(12)

健やかなる - NIGHT SCRAPS

健康について書きましたが、久しぶりに気持ちいい文章が書けたような気がします。本当にクソな今の状況を、具体的にどういう部分が「クソ」なのかは挙げきれないので挙げず、それとなく、淡々と文章にしました。あまりに多くの「クソ」が蔓延っているなかで、本当に健康的な生活を謳歌するためにはどうしたらいいのかということをなんとなく示唆できて...いるだろうか。

ゆふれゐ - NIGHT SCRAPS

ゆふれゐ、つまり幽霊の話です。もともとは「人が多い場所ってやだよね」って内容だったものが、いつの間にか社会的な疎外感や最後には死についての話になっていて驚きました。でもなんていうか、今敏監督の『パプリカ』に出てくるパレードのシーンみたいに、みんな狂いたいんじゃないかなって思う瞬間はあります。誰かがぽんと背中を押してくれるだけであちら側へ行けるぐらい、切迫した何かを感じます。そういう実体のない気分を言葉にしたかったのかな。

潮汐(Tide) - NIGHT SCRAPS

欲望とか渇きとか、そんな話がしたかったように思います。世界で起こっている水不足なんかも示唆しながら。この頃は「社会的な問題を抽象的な文章で表現したい」と考えていたのですが、そのエゴが丸出しというか、偉いこと言いたい自分が出すぎちゃってちょっと恥ずかしい。海の満ち引きについての比喩は、あんまりガチガチしないようにバランスを考えて入れたのかな。でもお気に召してくれたら嬉しいです。

光 - NIGHT SCRAPS

光について多角的に書きたくて、いろいろ考えました。人々が行き先をなくしているとき、誰かが光の方へ走っているといかにもその光が「正解」のように感じるけれど、必ずしもそうとは限らない。だけど結局落ち着くのは光、家庭の明かりや生きるための希望なのだと。今までの総括のような文章にしたいと思いました。

リンゴとアルコール - NIGHT SCRAPS

お酒について書こうと思いました。お酒に頼るだらしない自分について書きたいと思いました。途中、古い友との記憶が挿入されますが、それは二人が18歳だったときのものです。僕はまだお酒を知らず、彼はもうお酒を覚えていました。彼はいつも、僕の数歩先を行く存在でした。悔しさや憧れをもって彼を見ていました。彼とは疎遠になりましたが、僕が彼に抱くもやもやとした気持ちを箱に戻し、またお酒に頼っていくという一貫しただらしなさを書きたかったのです。

骨の芯まで - NIGHT SCRAPS

前に「安心な僕らは」という文章を書いたのですが、それと同じく、帰省先から戻る話です。この頃スピッツの「水色の街」をくり返し聴いていて、あらゆるものを凍らせそうな表現にとりつかれていました。そんなときレイモンド・カーヴァーの詩の中に「骨の芯まで」という言葉を見つけ、これだ!と。この文章からマイナスイオンの冷たい空気と、生臭さが伝っていけば嬉しいです。

パーマネント恋 - NIGHT SCRAPS

自分としては多幸感あふれる文章なんだけど、あんまり伝わらなかったかな、反省点多いです。現実がいかに下らなくて粗末なものだとしても、妄想の世界に没入すればたくさんの恋に出会えるし、好きな季節を生きることができる。そうして嘘によって自分を面白くできれば、いつか現実の方からプレゼントを差し出すときが来るのだと思います。それはときにお給料だし、いつもよりリッチなお弁当だし、精神を交わすだけで喜びを与えてくれるような素敵な恋です。猿になっても、頭だけがどでかい宇宙人になっても、変わらず恋をしていたいです。

ルナ - NIGHT SCRAPS

この夜のことは、やっぱりどこから話し始めても意味不明な部分が出てくるので詳しいところは省きます。素敵な夜でした。人間の面白いところがいっぱいあふれて、下品な会話で笑って、お酒でちょっと浮かれて。一人っきりでぐつぐつと考えを煮詰めることも、誰かと秘密を明かし合うことも、どちらもすばらしい。ちなみにですけど、「小雨の日々を愛している」という表現、個人的にすごく気に入っています。

可愛いね - NIGHT SCRAPS

「可愛いね」という題名を思いついたときから何か書けそうだと思ったし、その予感は間違っていなかった気がします。ときどき比喩が難しいかもしれないけれど、言いたいことは非常にストレートです。

ライラックの子 - NIGHT SCRAPS

「リンゴとアルコール」に出てきた彼について、そして新しい環境になじめずにだんだんと崩壊していった自分自身について。まだ人間になりきれていないのに、新しい場所でいろんなことを学ばなきゃいけない。そんな中で失ったものに対して僕はしばらく手を振っていたのだけど、もう忘れてしまいました。

猫にならう - NIGHT SCRAPS

よく、猫は人間の言葉を理解できるのではないかと言われますが、むしろ我々が猫のことばを忘れているだけです。何かを得る代わりに、失ってしまったのです。たぶん。

祝祭 - NIGHT SCRAPS

最近まで、丁寧な暮らしを嫌悪していました。そんなことできるわけないじゃん、と。お気楽な富裕層たちがそんなことにお金を費やしているあいだ、この国で何が起こっているのか分かってるのか?と。だけどやっぱり大事なのはそこだろうと思うのです。なぜ僕らは生活を削り、安っぽくしなきゃならないんだろう。まず、たしかな暮らしが保証されていること、そしてそのことに安心しながら働いたり余暇を楽しんだりできること。それがとても重要なのではないかと思います。

祝祭

 きれいじゃないけど晴れた空を見ていた。雲のクリームが溶けて混じった淡い青色。風を鼻から吸いこんで、少しだけ吐き出した。授業がいつもより早く終わったから、浮れた気持ちで自転車を走らせて、今月号の雑誌を買いに行くことにした。のんきな午後だ。

 狭い道を通って、信号が青になるまで待って、また別の道へ曲がっていく。風に乗ってぐんぐん道を進んでいくうちに、いろんな景色が見えてくる。前の建物に隠れていた小さな家が顔を出し、公園で戯れる子供たちが現れ、左へカーブを曲がれば可愛い人とすれ違う。本屋さんに着いてから雑誌をちょっとだけ立ち読みして、躊躇する暇もなくレジに向かった。きつね色の紙に包まれた雑誌。自転車のカゴに立てかけるように置いて、また漕ぎ始めた。

 庭のある家がふと目に入った。小さなものだったけれど、そこには気品のある暮らしが薫っていた。山から下ってきた清らかな水がツトツトと滴り落ちているイメージ。思い浮かぶのは丁寧な暮らしだ。休日にはレコードを流し、暑い日にはかき氷を作って自家製のシロップをかける。夕方に家の周りを散歩して、帰ってきたら机上の手帖をめくる。万年筆で今日見た美しいものを記録していく。夕映えで庭の緑が光っている。ゆっくりとご飯を食べて、涼しい夜風を浴びながらお茶を啜る。そして虫の音と蛙の歌を聴きながら眠りに落ちる。

 こんな生活が欲しい。家に差し込む、燃える頬のような夕映えに見惚れたい。瓶の底に残された可能性を探ってみるけれど、そのうち夜が来てしまう。だけどそうなる前からだいたいのことは予測できている。瓶の軽さと夜の重さ。帰る道の途中で見つけた、ムーミン谷にあるような家。季節がまわれば咲く花の色も変わって、地球の片すみを彩る。こんなの無理だろ、誰が管理するんだよなんて思いながら、そこを通り過ぎる。

 だけどもし、何かの間違いで丁寧な暮らしを手に入れたら、大切な人とお祝いをしたいな。ご近所の絶望を隠し味にして、温かいシチューをふーふーして食べるんだ。いつかサンタになったり、ゴムプールに空気を入れたりして。今はただ、曇ったガラス窓から夕日を眺めていよう。ぎりぎり澄んだ瞳で。

猫にならう

 甘い声がする。夜、みんなが寝静まった頃に外の方から聞こえてくる。ベランダに出て覗いてみたって多分なにも分かりはしない。かと言ってこんな時間に、甘い声の主を探すためだけに外へ出るのもなんだか恥ずかしい。だらしない恰好で明かり片手にうろうろしているところを、同じく明かり片手の誰かさんに見つかったらお互い気まずいし。そんなことを思いながら、布団に身体を預ける。眠りにつこうとする間、ずっと心を撫でるようなさみしげな声がしていた。ごめんよ、仔猫さん。

 朝になって目覚めても、あの声がした。ベランダから顔を出して小さな獣の姿を探してみるものの、見つからない。ただ空の猫缶が一つあるだけだ(愛とお節介の象徴)。ここにいて誰かの寵愛を受けるのもいいし、どこか別の場所へ移るのもいいし、君の勝手にすればいいと思いながら大学へ向かった。ここに来られたのだから新しい場所にだって行けるだろ、と。

 猫はときどき、悟ったように僕らに話しかける。でもこちらは何を言っているのか分からないから、仕方なくもふもふしたからだに触れる。人間はいつ猫のことばを忘れてしまったんだろうなんて考える。ずっとずっと昔の時代には、きっとみんな猫のことばも理解できたんじゃなかろうか。まあでも、無理もない。言葉は意外とむつかしい。皮肉とか嫌味とか、言葉の裏を読みとかないといけない表現があるくらいだから。そういう風に言葉を磨いていったら、猫のことばなんて忘れてしまうはずだ。

 言葉なんてただの音の連なりだけど、決して軽いものじゃない。いい人と出会って、仲良くなりたいな(あわよくば恋仲になりたいな)と思っても、いろいろ考えて言葉を飲み込んでしまう。恋愛ドラマでよく繰り広げられる下らない問答だ。言ってしまえ言ってしまえ、と心の誰かが叫んでも、次の朝には「言わなくてよかった」とホッとする自分もいて...。本当はあの猫みたいに、情けない炎をさらけ出したい。うん、あの猫みたいに。退屈な夜、虫の音だけが辺りにあふれている。あの仔の声はしない。微かに痛む頭を枕にのせて、ほんの少しだけ誰かのことを想う。ここに来られたのだから新しい場所にだって行けるだろ。

ライラックの子

 君から「大丈夫?」と聞かれ、苦しくなった。本当ならもう人間にならないといけない頃合いだけど、中途半端な動物のまま、思い出を見ていた。カビ臭い風を吸いこんで町へ出る。得意のまじないで自分を偽って、知らない人の隙間を縫った。苦しい夜ばかりで誰でもいいからそばにいてほしかったけれど、誰かに選ばれるような自分じゃないことも知っていた。新しい知識とか、やさしい嘘とか、そういうものは黄昏のようにやさしく感じられた。大丈夫? 大丈夫だよ。

 最初はただの距離間の遠さだったのに、やがてそれが心にまで及んでしまった。君がさみしいうちは僕も君にすがっていられたけど、だんだんそういうわけにもいかなくなって、話す機会も少しずつ減っていった。僕は思い出の中の君を求めていた。君は新しい町で変わっていった。そして、かつての二人なら抱かなかったような感情も覚えはじめて、それはある日突然決定的なものになった。絡み合った糸は解けなければもう切るしかない。気づいたときには、僕はもう君と連絡を取るすべを失っていた。

 さよならの効力をしばらく味わいつつ、人間になろうと季節を生きた。朝日のような微笑や、真昼の空みたいな人に惹かれたりした。夕暮れ、お風呂に浸かりながら思い出を繰り返し拾った。うんざりする人波をビート板で泳ぎ、むつかしい話を聞いて生きる希望を見出した。世の中に対して静かに中指を立てながら。

 君に付着していた恋しさや懐かしさは、時の風に運ばれて消えていった。「ありがとう」も「くそったれ」も褪せてしまった。それでも、懸命に手を振りつづけたあの友愛は存在している。いつしか会えなくなると分かっていながらも強く再会をねがう無邪気な心。落雷を受けた樹木からまた新芽が顔を出すように、身体の底から湧き立ちはじめる。痺れるほど振った手を下ろして歩んだ先できっとそれが起こる。あふれる気持ちに我慢できなくなったら形を変えて会いに行こう。大丈夫、自分が大丈夫じゃないってちゃんとわかってる。