NIGHT SCRAPS

夜をつらつら書き連ねるブログ

ぽこぽこと、思考する(16)

・僕の大学には文学研究会みたいなのが無くて、結構つまらないなあと思っている。僕の中での「文学研究会」って、薄暗い喫茶店に革のソファ、テーブルの上にグラスと灰皿と本が並べられているイメージなんだけど絶対違いますよね。グーグルで色々調べていたら東京大学のそれに行きついて、読書会なんてものがあると知った。取り上げている小説が有名だったりマニアックだったり、とにかく面白そうだった。彼らはもしかしたら、「昨日の夕飯何食べたの?」という感覚で「最近何読んでるの?」と訊きあったりしているかもしれない。恐ろしい。

・「まだまだ僕は若いから」というのを書いた。楽しかった。個人的な意見だけど、楽しい文章はすんなり書き終えることができる。最初にこれを書いて、その次にこれを挿入して、...みたいな流れがはっきりと見えて、あとはパーツを当てはめるように文字を埋めていく。そういう風にして書かれた文章は読む側としても読みやすかったりする。僕の文章を他の人がどう思っているのかはあんまり分からない。一言一句読み飛ばさないようにしている人なんていないと思うし。僕自身が読みたいと思うものをただ書いているだけだから。

・書きたいという欲求はあるのに何を書いていいのか浮かばないときが一番つらい。まあ、それが今だったりする。昼間歩き回った疲れがじわりと残っていて、頭はあんまり働いていない。あれ、この一週間、人と喋ったかな。そんなことはまあいいか。もうずっとうだうだしていて、眠気までやって来てしまった。レイモンド・カーヴァ―の本を手に取ってぺらぺら捲っては、また置いてパソコンと向き合う。みんなは今頃なにをしているんだろうと考える。AMラジオでオールナイトニッポンが放送している。ふとカーテンを開け遠くを眺め、灯りのある部屋があったら生活を想像してみるのだ。

・こうして一人で過ごす週末は、平凡だけど苦しくはない。とある人が「一人暮らしに慣れてくると、誰かといるときのほうが淋しく感じられてくる」と言っていてなるほどなあと思った。分かりますか?分かる人がいたら、どこかでお茶してみませんか。サンドイッチでもつまみながら、「最近何読んでるの?」なんて話してみたりして。


小沢健二/愛し愛されて生きるのさ(球体トリオver.)

まだまだ僕は若いから

 難しいことは全然分からない。数学の公式のあれこれは頭から蒸発してしまった。このところ、集中力の短さにうんざりしている。檻から出たライオンみたいに、一つの場所でじっとしているのに慣れないのだ。そんな感じで気まぐれに、YESと言ったりNOと言ったりする。これって若さなんだろうか?

 クリームソーダの青空に遠くの方で溶けだすバニラアイス。シャワーを浴びたばかりの肌を、冬の名残りを感じさせる涼しい風が通り抜ける。えーと、新学期が始まって色々うんざりすることがあるけど(スマホ触ってる人とか、眠ってる人とか)、授業の内容が面白いのは確かだ。それに今日、カーヴァ―の『ファイアズ(炎)』が届いて読み始めたところで、かなりハッピーな心地にある。

 彼のエッセイ「父の肖像」を読んで、自分の父親のことを考えた。僕はあんまりお父さんに似ていないんじゃないかと思っている。というか、何人かの女の人とニコニコ写真を撮ったり、二回も結婚を失敗させたり、健康に悪いことばかりして薬なしには生きられなかったり、とてもじゃないけど真似したくない。父には(だいたいの人間がそうであるように)いい面と悪い面があり、僕は「いい面」がずっと見えていなかった。だけどここ最近になって、父に惹かれている部分に気がついたのだ。アランもびっくりするぐらいの楽観主義者。とっても身近な哲学者。だから僕には『幸福論』なんて必要ない、多分。

 たくさん働いて偉くならなくたって幸せを見つけている人を知ってしまっているから、僕には上昇志向とか競争意欲とかそういう類いのものがないのだ。別にそんな自分を肯定してほしいわけじゃない。これは半永久的に揺るぎないから。あ、でも僕はまだ若いしなあ。バリバリに働いたり、飲み会に参加しまくったりするかもしれない。詩情に耽ることが急に馬鹿馬鹿しくなって、ビジネス本に赤線を引いたり...。「あっ、今日の空、クリームソーダみたいだなあ。じゃああの雲はバニラアイスってことだ!」って思って、誰かに言いたくなるなんて、今だけなのかな。

 これから先どうなるんだろうと思索すると、いろいろ不安の種が頭からあふれだす。嫌な渦の中に引きこまれそうになる。夜が呪いを唱え、血を求め歩き始める。まだまだだ。まだあの、テレビの前でトドみたいに寝ている楽観主義者にはなれそうにない。

幸福論

幸福論

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まとめ(8)

 まとめです。二月から春に向けて...。

 1. しあわせ

 留学に行けないもどかしさを生活感満載の文章で正当化。

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2.青春音痴

 題は穂村弘さんの『世界音痴』から。いつまでも青春というものがよくわかりません。

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3.懐かしいって感じ

 自分もいつか古びて、社会からどんどん疎外されていくんだろう...という悲しさ。

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4.ひとり再考

 再考と最高をかけて「一人」について考えてるから、お前には友達ができないんだぞ。

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5.花と棘

 春に聴くフリッパーズ・ギター、至福です。オザケンは早くアルバム出そうね。

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6.ポップ・ウイルス

 あまりにもすごいライブだったので、夢だったんじゃないかと思っています。

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7.まぶしがりや

 ...そんなあの娘は透明少女

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8.朝と抱擁

 今夜もうだうだと悩んで、朝を迎えるだろう

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9.ミドル

 『グリーン・ブック』、本当よかった。

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10.桃色の風

 いつだって可笑しいほど誰もが誰か愛し愛されて生きるのさ

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11.忘れられないの

 この頃はたぶん、「何かしなくちゃいけないんだろうけど何できるのか分からないよ」というジレンマに苦しんでました。

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12.町くらげ

 「一期一会」とはこのことです。

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 春は、新しい環境に進む人たちに向けて文章を書きながら、それに僕自身も救われた季節です。どうか、葉が青くなってからも読み続けていただけたら、と思います。

おいしいもののことをまた考える

 昨日は張り切っておかずをたくさん作ってしまった。まいたけと人参のきんぴらと、大根とイカを煮たやつ、それに鶏のささ身と小松菜をバターで炒めたやつ。味の良しあしは一応おいておくとして、とにかく作る時間は至福だった。途中、指を怪我してすっごい痛かったけど。うう。

 昨日は新学期が始まり、久しぶりの授業だった。天気は雨。悲しい道を、傘をさして歩いた。車が水たまりを蹴り散らし、ばっと飛沫が立った。その道を歩いていった。教室に入ると誰もいなくて、そっと席に座った。それからのことはあんまり記憶にない。やっぱり英語はむつかしくて、先生が「これくらいはまあ分かると思いますが」と言った単語が全然分からなかった。歳は取ってもレベルは上がってないから、期待値ばかりが高くなって、もうお手上げなのだ。みんなが「若い頃にもっと勉強しておけばよかった」と言っている気持ちが分かったけど、若い頃にもきっとだめだったと思う。

 雨模様のまま教室を出ると、ぱっと眩しい日がさしていた。地面に散らばった粒々を太陽が照らしていた。変なの、と思いながらスーパーに向かう。昨夜考えたメニューを、頭の中でまた思い起こす。かごにどんどん食材を入れていく。ついでにチョコチップメロンパンも入れてみる。レジでお金を払って、家へと帰る。帰り道のことはあんまり記憶にない。やっぱり料理のことを考えていると周りの景色も、なんならどの道を通ったかさえ忘れてしまう。「もうちょっとキッチンがちゃんとしてたらなあ」と呟きつつ、ぐつぐつ、コトコト...、じゅわぁーっ...。

  いっぱいおかず作りたい!と思ったきっかけは、『きのう何食べた?』というドラマを見たからだ。たった料理を作るだけで幸せな気分になれるなんて、本当ツイてるなあ。お風呂あがり、Tシャツとパンツ。チューハイを飲みながらきんぴらをつまむ。これも幸せだ。どんな場所でも、人はそれなりに幸せは作れるんだろう(たぶん)。このままずっと好きなご飯ばかり作って生きていたい。や、何もしたくない。

いたちごっこ

いたちごっこ

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夜も昼も

 いま熱中して、ヴァージニア・ウルフの『自分ひとりの部屋』を読んでいる。おなじみの喫茶店でこの本を見つけて、すぐ手に取った。テーブルに置かれたアイスコーヒーのことを忘れるぐらい、内容に没頭した。グラスがじんわり汗をかき、テーブルを濡らした。第一章、本当に素晴らしい(そう思いませんか?)。片山さんの翻訳も優れているのかもしれないけど、なんだろう、このすごさ。読者の意識が、幻想的な美しさとぐるぐる渦を巻く苦悩とを行き来する。

 その喫茶店は本も売っているから、思い切って『自分ひとりの部屋』を買うことにした。ぼんやりした熱に呑まれ、そうせざるを得なかった。そのまま外に出て、風を切って家まで帰った。紙をぺらぺらと捲ると、あのお店の匂いがひらりと香ってくる。どんな匂いか形容できない、「あのお店の匂い」だ。200ページぐらいの短い作品だから、読むのを躊躇してしまう。大事に大事に読んでいるところだ。

 それにしても、こうしたフェミニズム批評の古典を読んでいると、不思議な気持ちになってくる。それは、僕が男だからだ。なんていうか、ヘテロセクシャルの人がその他のセクシャルについてあれこれ述べてもどこか「空想」に近いのと同じで、男が女性の苦しさを理解しようと思っても、永遠にたどり着けない気がしているのだ。でも僕は今日もウルフの文章に向き合って、彼女たちの苦しさを思う。そして、日本という国で起こるいろんな問題(「同意があったかなかったか」「抵抗していたかしていないか」)についても思考を巡らせる。真夜中の路地、「抵抗できないようにして暴行されるかもしれない」彼女たちのことを。それってすごくぞっとするんだけど。

 すごくシビアな話になってしまった、どうか胸やけを起こさないで。僕はときどき「男でいるって疲れるなあ」と感じることがある。かと言って女性もいろいろと大変そうだ。はあ、そういう苦しみを全部脱いで海に行きたい。逞しい筋肉も、美しい髪も必要ないところ。できれば、今まで僕が生きる中で培った「男性」としての意識も、置いていきたいのですが。そうなったらずいぶん孤独だろうか。でも今は、ニュースを見る度に自分の性別に幻滅するのだ。...ため息。今日はここまで、もう寝よう。

自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー)

自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー)

 

町くらげ

 ふと本屋に立ち寄って、目当ての雑誌がないことを確認してそこを出ると、外はもう薄暗くなっていた。遠くの空はかろうじて淡い青色をしていたけど、それさえ消え去りそうだった。侘しさを感じながら自転車に乗ろうとしたら、道に迷った男の人に話しかけられた。「スマホの充電が切れてしまって...」。地図を説明するのが難しいから大きい道に出るまで一緒に行きましょうかと、二人で少し歩いた。彼は大阪出身で、小学校で勤務するために最近ここに来たのだと知った。そして僕と同じく方向音痴だった。

 この町では時間がゆっくりと流れている気がする。僕がそう言うと、彼も頷いてくれて嬉しくなった。公園のそばを通り、小さな橋を渡り、割と大きな道に出た。スマホの画面を彼に見せながら拙い説明をして、彼と別れた。バイクで走っていく彼の背中を見送って、僕も薄闇の中を進んで部屋に戻った。あの人、ちゃんと帰れただろうか。

 ふとした出会いもあるんだなと思って、その喜びからこの文章を書いている。ここ数日、人が多いところにいると疲れたりうんざりしてしまうことがあった。かつ、人と接するという経験があまりにも乏しいために、たった十分ぐらいの出来事に依存している。この町に吹く風は、まるで呑気に泳ぐクラゲみたいで、それを二人して感じていること。ばちっと電気が走る感覚があった。そして僕は厚かましく、彼が子供たちの前で話をしている様子を想像する。「先生が道に迷ったときに、案内してくれた人がいてね...」。子供たちのどうでもよさそうな顔が浮かぶ。でもいいのだ。

 まだ痩せこけた枯れた枝もあれば、花が色づく枝もある今。膨らみ、実になり始めた未来をあちこちで眺めることができる。永い春にはいろんなことがあるだろうから、あなたが狂いそうになったら静かな町に来てガーっと叫べばいいと思います(僕はしたことないけど)。ここには、クラゲがいます。大きくて無口で、ときに見えなくなってしまう、そんなクラゲがこの町の営みを生み出しています。

君と暮らせたら

君と暮らせたら

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忘れられないの

 町に吹く空気が少し変わってから、大学のベンチで本を読むのが楽しかった。それは時にはマッカラーズの『結婚式のメンバー』だったし、サリンジャーの『フラニーとズーイ』や、『ムーミン谷の仲間たち』だったときもあった。後半の二つは読み終わっていなくて、気分によって本を変えていたのだけど、パンを食べながらぶつぶつ読書している時間はとても優しかった。

 それでも今日そこにいってみれば、いろんなサークルが新入生の勧誘のために陣取っていて、僕は無言のまま図書館へと吸い寄せられた。図書館はとても静かだから、お腹が鳴れば「ぐう」という音がいつまでも宙を舞っている。それがすごく恥ずかしくて、お腹が弱い僕は長居ができない。だから、今はあんまり居場所がない感じだ。

 春の空気に触れながら、懐かしい曲をふと思い出して再生して、古ぼけた感触でしばらく遊ぶ。その感触に対する未練とか鬱陶しさは、「まだそんな思い出に浸ってるの?」と嗤われてもそれでも引き出されるもので、ある意味麻薬みたいなものだ。いったん忘れても(年越しにかこつけてチャラにしようとしても)、季節が一回りすればコイツがひょっこり顔を出す。一緒に入水自殺してやろうかと思うぐらいにしぶとく。

 元号が変わってみんながお祭りわっしょい大騒ぎしている間だって、大して変わりなく日々は巡っている。満員電車はずっと憂鬱で、雨の日は宅配ピザのドライバーが大変で、赤ん坊の声は真夜中の家に明かりを灯す。スピッツが好きだったあの子に、新曲を聴いたかラインしてみたいけれど、なんとなく先延ばしにしている。ずっと会っていない人とは、いったい何を話したらいいのかさえ分からなくなって、つまらない思い出話ぐらいしかできなくなる。そうやって知人がどんどん他人になっているのはつらいけど、仕方ないことなのかもしれない。

 みんなが新しい意識を持っているのを見ていると、僕もちょっと影響されてしまう。新しい日々。今は目隠しされた道を歩いているけれど、いつかふわふわの光が現れるだろうか。それまでの間、友達と無駄にした夜や、自分が綴ってきた言葉を再生しながら歩いていこうかな。

花の写真

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